第20話

「処置とはどういうことです? 何をなさるおつもりなんですか? 彼女の生命に関わるようなことを?」

「君が知る必要はないよ、ウェリン。むしろ、知らない方がいいと思うがね」


 眉一つ動かすことなく、川崎は言い放つ。


「まあ、教えられることがあるとすれば……。我々が欲しているのは、ティマに内蔵されたマインドチップだ」

「まさか……チップを取り外す気ですか!?」


 静かに頷く川崎。その横で、羽場は苦虫を嚙み潰したような顔でウェリンから目を逸らしている。


 マインドチップというのは、言葉通りの代物だ。起動シークエンス開始から、そのロボットが経験してきた五感の情報を数値化して表示させる技術のことを指す。


そのロボットが人間といかに接してきたのか。そのデータを収集することで、今後はより人間に対し従順な思考能力を持つロボットを創っていこうという腹だ。


 だが、ここに大問題がある。マインドチップを取り外されたが最後、そのロボットが自我を得てからチップを外されるまでの間に学習してきた人格や礼儀作法、さらには軍事上の作戦立案能力など、それら一切が消滅してしまうのだ。


 つまり川崎達は、公的な手順を踏んだ上で、ティマのデータを手に入れようとしている。そこでティマが死んでしまっても構わない。そういうことだろう。


 ウェリンはずいっと前に出た。胸を張り、人間二人がティマに近づくのを妨げようとする。

 今更ながら四肢に鎖が取り付けられていることに気づいたが、知ったこっちゃない。


「おっと、もちろん君にも来てもらうよ、ウェリン。君がそばにいれば、ティマは得意の広範囲・遠距離攻撃を繰り出せない。君にも我々にも、これ以上理想的な状況はないと思うが」

「理想的、だと? ティマの精神年齢を測定してみろ、まだ四、五歳の子供だぞ! そんな女の子を、お前たちは殺すのか!?」

「殺す、という表現は少々過激だな。壊す、といった方がいい。君だって優秀な機体なんだ、そのくらい区別化できるだろう?」」

「だが……!」

「安心してくれ。我々だって、巻き添えで死にたくはない。だからウェリン、我々のそばを離れないでくれ。そしてティマを落ち着かせて、不安を除いてやってくれ」


 カチン、と音が鳴ったような気がした。自分の頭の中からだ。どうやら自分は、この上なく怒り狂っているらしい。

 ティマを軽く押し退け、脚部の鎖を一瞬で解き放ち、大きな一歩を跳躍で繰り出して、ウェリンは川崎に迫った。

 しかし、そのいつになく攻撃的な態度が、大きな隙を生むことになる。


 さっと壁に張りつくようにして、川崎はウェリンの鉄拳を回避。ウェリンもそれは読んでいたが、右腕でのフックが出るのが遅かった。義腕でなければ、川崎の内臓の一つや二つ、簡単に潰せたはず。それができなかったのは、一時的にウェリンの腕が鈍っていたのと、川崎の観察眼ゆえだった。


 川崎が立っていたところの壁面に、クレーター状の大きな陥没ができる。ウェリンの右腕は、そのクレーターにめり込んでしまった。


「落ち着いていてくれよ、執事さん」


 口元を歪めながら、川崎はウェリンの側頭部を強打した。その後しばらく、ウェリンの意識は失われることとなる。


         ※


「……ここ、は……?」

「おお、気がついたかね、ウェリンくん」


 視界の中央に、川崎の顔が図々しくも陣取っている。すっと遠くに目を遣ると、羽場とティマが並んで立っていた。相変わらず顔を逸らしている羽場と違い、ティマはじっとウェリンを見つめていた。

 何かを考えているような、危惧しているような、心配しているような表情。

眉間に皺を寄せ、口角を下げて、じっとウェリンに視線を注いでいる。


 こんな表情をするティマの姿など、ウェリンは初めて見た。が、それも一瞬のこと。

 凄まじい激痛が、後頭部から背中を伝い、両足の踵にまで達したのだ。

 どうやら、過度な電圧をかけられたらしい。


 ウェリンが冷静でいられるのは、即座に痛覚遮断を行ったからだ。しかし、それでもなお背部に走った高電圧電流の感覚は残る。もしかしたら、背筋が焼かれたかもしれない。

 それだけならまだしも、もし小脳にあたる部分が欠損していたら。自分はまともに戦うどころか、動き回ることすらできなくなる。


「羽場警視、電圧を上げていただけますか?」

「了解」


 ますます深い渋面を作りながら、羽場はそばにあったコンソールを操作。

 それを見ていたウェリンには、そんな羽場の言動に矛盾を感じざるを得なかった。


 羽場は、川崎に大きな恩義があるか、あるいは弱みを握られているか、どちらかなのではないだろうか。あるいはその両方かも知れない。


 目を細め、じっと羽場を見つめていたウェリンは、反応が僅かに遅れてしまった。高電圧電流の、第二波だ。

 後頭部から臀部にかけて、超高硬度の氷柱を捻じ込まれた感じ。とでも人間だったら表現するのだろか?


 だが、自分には無理だ。俳句やら短歌やらを詠むのは人工知能の間でも流行っている。

 それなのに何故できないのか。理由は単純で、あまりの激痛に、脳の機能の一部を修繕すべく、神経回路がネットワークを再構築しているからだ。


 しかし、川崎が慌てることはなかった。


「やはり頑丈だな、ウェリンくん。まあ、私もこんな無骨な兵器を持ちたくはないのだが」


 そう言って、川崎は手前の棚から、大口径のポンプアクション式散弾銃を取り出した。                                                                                                                                                                                                                                                                                    

 やはりこの男は好きになれんな……。

 胸中で呟く羽場。ロボットの装甲板を破ることができる、という安心感からすれば、確かにこの散弾銃は有効打になり得るが。


「ティマ、逃げなさい!」


 がばっと顔を上げて、ウェリンは叫んだ。


「周囲をどれほど巻き込んだって構わない、必殺技を展開して、このフロアの人員を皆殺しにしてから脱出するんです! ティマまで……わたくしではなくあなたまで罪を犯したわけでは……!」


 歯を食いしばりながら、喉から狼のような唸り声を上げる。精一杯威嚇したつもりだが、あまり効果はなかったらしい。

 羽場は痛々しいものを見る目でウェリンを見返し、川崎に至ってはうっすらとした笑みで唇を彩っている。


「さて、ウェリンくん。最初に申し上げなかったのが悪いのだが……。遺言はこれでお終いかね?」


 どうやら自分はここで殺されるらしい。だが、そんなことは織り込み済みだ。ティマの味方は、自分だけではない。

 そう思い返しただけで、ウェリンはふっと荷が軽くなった気がした。


「ティマに指一本触れるな! さもなければ――」


 川崎はやや身を反らし、上目遣いになりながらパチン、と指を鳴らした。


「!?」

「ふふっ」


 ウェリンが驚いたこと。それは、自分の痛覚遮断システムが機能しなくなったということだ。それと同時に、殺人級の高圧電流が、ウェリンの全身を貫いた。

 こういった場合の悲鳴というものを、ウェリンは知らない。そもそも搭載されていない。

 だが、自分が危機的な状態であり、どの程度危険なのかを計算するだけの余裕はあった。


 当然のごとく弾き出された計算結果。自身の人工神経経路が分断されるまで、残り七秒。

 六、五、四、三――。


「おおっと、一旦カウント中止だ」


 川崎がさっと片手を上げると同時、高圧電流による神経分断が止まった。

 ウェリンは自らの身体を見下ろす。

 ところどころから白煙やら黒煙が上がり、視覚も聴覚もまともに機能していない。


 一つだけ救いがあるとすれば、奇跡的に生き残っていたイヤホンから、皆の声が聞こえてきたことだ。


 咲良、桐生、幽琳。彼らを巻き込んでしまったことを、それでもウェリンは後悔した。

 そうか。『ごめんなさい』とはこういう時に使う言葉なのか。


「ご……ごめ……ん、なさ……い」


 声にはならなかったが、最新型の人工口角には、薄っすらと悔恨の色が滲んでいた。

 そんなこと、十中八九川崎は気づいていないだろう。それでいい。もうそれでいいんだ。自分は所詮、ロボットなのだから。


 すっと目を閉じようとして、ウェリンははっとして顔を上げた。

 誰かが高速でこちらに向かっている。前後か? 左右か? いいや違う、この振動は――頭上からだ。


 どん、という地震のような鈍い音が轟く。

 何かが頭上から降ってきたのだ。今は、このフロアよりも一つだけ上の階層にいる。


 何事かと見上げていると、ジリジリという眩い光が舞い散った。

 これは、工作機械か。建設現場などで用いられるモデルが、性能の安全性を警視庁に問い合わせていたのだろう。


 やがて、切り取られた天井の隙間から何かが投げ込まれた。


「チッ! 煙幕弾か! 貴様ら、何をしている! 敵は頭上だ、攻撃準備しろ!」


 この場で落ち着き払っている存在が一機。無論、ウェリンのことである。

 彼らが助けに来てくれたとあれば、後は任せていいだろう。

 戦闘の邪魔にならないよう、どうにか手錠と足枷を外し、ウェリンはその場にしゃがみ込んだ。

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