第21話


         ※


《うおらあああああああ! どけやモグラ共おおおおおおお!》

《ちょっ、桐生くん!?》

《ひいいいいいいい!》


 水を得た魚とは、まさにこのことだろう。

 とある人物の手引きによって、牢屋からの脱出を果たした人間三人――咲良、桐生、幽琳――は、武器を与えられた状態で同フロアを制圧。

 最下層のフロアで『何か』が行われているという情報を得て、こうして馳せ参じたというわけだ。


 まさか、そのフロアにあった工作機械を乗っ取ってくるとは、桐生以外の誰も予想し得なかったが。

 

 この工作機械は、四本脚でその先端にキャスターがついている。本体はほぼ円形、厚みのある円盤で、脚部の間で赤いパトランプが煌めいている。三、四人乗りのモデルだ。

 土台となる円盤には二本の腕があって、頭上には搭乗員を守るように、透明な半球状のキャノピーが被せられている。

 音声は外部スピーカーから発せられていた。


《全員そこを動くな! ぴくりとも動いたら容赦しないからな!》

《桐生くん、それはいくらなんでも乱暴なんじゃ……?》

《ハッタリですよ、ハッタリ! 誰も殺してやる、とまでは言ってませんし!》

《やれやれ、咲良ちゃんの苦労が手に取るように分かるわね……》

《そんな褒めないでくださいよ! 俺だって照れるんですからね、幽琳さん!》


 盛大な溜息が、スピーカーから発せられる。


《確か川崎っていったよな、おっさん! 俺のダチを散々な目に遭わせやがって! ぺしゃんこにしてやるぞ!》


 実際のところ、この工作機械には武器は搭載されていない。体当たりするのが精々だ。

 だが、桐生はハッタリ押し通すつもりだった。しかし、この件の張本人、川崎徹次はまったく動揺する素振りを見せない。改めてネクタイを締め直し、やりたければやってみろ、とでも言いたげだ。


 先ほど投擲した煙幕手榴弾の威力はまだ残っている。それでも真っ直ぐに、川崎はこちらを見つめている。

 そうか、あいつは目を改造して、赤外線センサーとして使えるようにしているのだ。


 他の敵は生身の人間だったが、未だに咳やくしゃみ、腹痛や眩暈で、とても戦えたものではない。

 対する桐生たちは全員がガスマスクをしているし、誰も殺さずに、簡単に制圧が可能だ。


 工作機械は、どしどしと突進を開始した。キャスターが一回転するごとに床面にひびが入ったが、気にしない。敵の半分は弾き飛ばされて、ぐったりと気絶してしまった。

 

「流石に二回目はないよな……」


 ガスマスクを装着する敵。川崎は口と鼻元だけ守れればいいらしく、顔の骨格が随分とスマートに見えた。


《もう一度ぶちかますぞ、この野郎!》

《いや、待って!》


 操縦桿を握る桐生の手を、咲良が慌てて払い除けた。そのまま足元を揺るがせた工作機械は、壁にその身を叩きつける。


《いってぇ……。何するんですか、咲良さん?》


 そう言い終えるか否かは判然としない。だが桐生に分かるのは、自分が咲良に抱きしめられている、ということだ。

 こればっかりはドキリとせざるを得なかった。が、咲良はどうとも思っていないらしい。


 そんな馬鹿げた妄想を捨てて、桐生はぶんぶんとかぶりを振った。

 外部スピーカーをオフにして、咲良が叫んだ。


「敵の中に、対戦車ライフルを装備している者がいます!」


 言うが早いか、早速そのライフルの第一射が発せられた。

 キン! と甲高い音が響く。工作機械のキャノピーを、大口径の弾丸が掠って弾道を逸らしたのだ。


「あの野郎! 傷つけやがって!」

「馬鹿! 今こっちから突っ込むなんて、撃ってくれと言ってるようなもんでしょう?」

「そうとも言い切れないわよ、咲良警部補」


 さっきまで、ぐわんぐわんと振り回されていた幽琳が、ようやく正気に戻ったらしい。


「きっと相手は赤外線バイザーをスコープに装着しているんだろうけど、この工作機械は割と低温で、人体と同じくらいの熱量しか排出していない。つまり、接近しても他の兵隊さんたちの体温で紛らわされて、我々は安全だってこと」

「へ、へえ~……」

「感心してる場合じゃないよ、桐生くん! 幽琳の読みが当たっていれば、狙撃兵をぶん殴ることができる。あたしはあんたのアイディアを尊重するから、ちゃっちゃと片づけなさい!」

「了解だ、警部補殿!」


 幸い、狙撃兵を倒すのは容易なことだった。二発目の発砲を許したものの、その頃には十分接近していた。腕部のリーチに入ったところで跳躍、頭頂部をガツンと殴りつけた。

 一方、川崎は慌てて狭い廊下から脱出し、その突き当りにある暗室へ移動。そこはつい先ほどまで、ウェリンが拷問を受けていたところだ。いざとなれば、彼を人質に使う予定だった。


 が、しかし。


「はあ、はあ、はあ、はあ……。いったい何なんだ、あいつらは……。本当に警官なのか? ええい、畜生!」


 いつまでもここに閉じこもってはいられない。警官隊や機動隊員たちに包囲されたら、頑丈とはいえ扉一枚、紙切れも同然だ。バターのように斬り散らかされてしまうだろう。

 どこに、何を持って逃げればいい?


「何か武器、武器は……。うおっ!」


 集中力を切らしていた川崎は、ウェリンと共に連れ去ってきたはずの彼女の存在を失念していた。


「お、お前、確かティマ……だよな?」

「……」

「いやあ助かった! 今、悪い大人たちが向こうで戦ってるんだ。この扉越しに、連中を見分けて狙撃できるか?」

「……」


 無言を通すティマ。その姿に、しゃがみ込んで目を合わせていた川崎の顔が歪んだ。皺が一層深くなり、一見クールな風貌のところどころが小さく痙攣する。


「ああっ、たく! 口が利けねえのか、てめえは! なんでこんなポンコツまで一緒に運んできたんだ……」


 川崎はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 そしてこの時、ティマには、川崎が取るであろう言動のシミュレーションが為されていた。


「てめえらのせいだ……。何もかもてめえらロボットのせいだ! 対人兵器が売れなくなって、うちの会社が倒産したのもなあ!」


 立ち上がった川崎は、その勢いでミドルキックをウェリンの膝に蹴り込んだ。――かのように見えた。

 川崎には明確な、手応えならぬ足応えがあった。ロボットの駆動に用いられる人工血液が飛び散ったことも間違いない。爪先に仕込んでいたナイフが飛び出て、蹴りつけた相手に柔らかくめり込むのも――。


「ん?」


 ようやく、川崎は違和感を覚えた。

 おかしい。自分はウェリンの膝を蹴ったのだ。反動はもっと固いものになるはず。


 半ば錯乱状態で、視線がふらついている。落ち着け、徹次。

 自分にそう言い放ち、ふっと自分の蹴りつけたものに目の焦点を合わせた。


「……!?」

「……ッ」


 我が目を疑った。ティマが、ウェリンを前に立ちはだかっていたのだ。


「あ?」


 間抜けな声を発する川崎と、無言で歯を食いしばって激痛に耐えるティマ。


「は……? なん、で? いや、何なんだ、お前……?」

「ウェリンは、私を守ってくれる。だから、次は私が守る」


 ティマの言い分は、半分は正しい。ウェリンは彼女を守るべく、命懸けで尽力してきた。

 だが、残り半分は誤りだ。自分がウェリンを守ることはできない。ティマ自身もまた、死に至るような苦難に身を投じなければ。


 その苦難こそ、彼女の脇腹に抉り込んできたナイフであり、流出していく人工血液であり、身体の髄にまんべんなく走る激痛である。


 ――良かれ悪かれ、結局のところ、ティマはロボットだった。


 ぐらつく視界の中で、ティマは自らの判断で痛覚を遮断。

 負傷の度合いを測り、出血量を把握。

 自分の右目と、川崎の額までの距離と角度を算出。


 これら三つの計算を同時に、〇・〇一秒以内に完了させたティマ。その顔から、ふっと感情が抜け落ちる。


 自らの視界に『発射準備完了』の判定がでるのを確認し、ティマは僅かに首を傾げた。

 次の瞬間――。


         ※


 損傷の酷い四肢をなんとか動かし、ウェリンは僅かに顔を上げた。

 自らの身体の損傷具合が、各所から伝わってくる。自分で驚くのも妙だが、よく腕も足も身体にくっついているな。


 戦闘能力のアップデートは望めない。そんなことを考えながら、慎重に膝の上から顔の上部を覗かせる。そして、見た。嗅いだ。感じた。

 倒れ来る背中を。肉の焼ける悪臭を。生温い真っ赤な液体が、自分の顔に降りかかるのを。


「ぐっ!」


 喉の奥を鳴らしながら、ウェリンは顔を背けた。何が起こっているのか分析を試みるものの、状況を把握しきれていない。

 それでも事態は進行する。深紅の光が、血を拭っていたウェリンの顔の半分に覆い被さってきた。この光、まさか――。

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