第15話
※
もしかしたら、自分の体内に発信機か何かがあって、それが原因で現在位置がバレたのではないか。
そんな不安と罪悪感が、ウェリンの頭蓋装甲の内側を跳び回っていた。
自分の手であの巨大な戦闘ロボを倒さなければ、任務、いや、責任を果たすことができない。
そんな彼の目に映っていた戦闘ロボ。それは、生身の人間が見るよりも遥かに歪で不気味なものだった。
機械の外装を有しているが、その内側は生体組織で構成されている。いわばサイボーグだ。
動きは緩慢だが重量感があり、ファンタジーに出てくる岩石でできた巨人・ゴーレムを思わせる。
恐らく外装を構成しているのは、近年になって月面で発見された高硬度の金属製部品。灰褐色のザラついた表層は、明らかにそうだ。
内側にある生体組織には、外装の隙間を縫うように表皮が存在している。爬虫類の鱗のように見えるが、その色は真っ黒だ。外装をパージすれば、夜間での作戦で敵の目を逃れることもできるだろう。
狙うとすれば――。
〇・二秒で解析を終えたウェリンは、がちゃり、とガトリング砲を台座から取り外した。『両腕部に負荷増大』のアラートが鳴ったが、今は無視。
というより、今以上に身体負荷を覚悟すべき時もあるまい。
「我ながら、いかにも人間らしい思考だな」
《ど、どうするんだよ、ウェリン?》
「咲良、下がってください。こいつはわたくしが、わたくしの責任の下で駆逐します」
《ちょっと、ウェリン? 何? あんたまで無茶を――》
それ以上の言葉を、ウェリンは無視することにした。
ガトリング砲の銃床を自分の腹部に当て、右腕で引き金を握り込む。
無造作に左腕を頭上に掲げると、指先が貨物搬送用のフックを捉えた。ウェリンの指先が二本ずつに、合計十本に展開し、フックをよりしっかりと握り込む。
下方から自分を呼ぶ声がした気がするものの、これまた無視。目測でワイヤーの長さを確認し、よし、と頷く。
左側を見遣る。そこには、クレーンのコントロールマシンが鎮座している。
余計な手間を省けたな、と胸中で呟いて、ウェリンは左腕を一旦解除。マシンの上に左の掌を翳した。
深い青色の光が、マシンの上面とウェリンの掌の間を行き来する。がたん、と危なっかしい振動と共に、マシンは起動した。
マシンに対して『どんな動きをすればよいか』を入力していく。
その間に、敵機がこちらに体軸を向けた。今や敵機は地中からほぼ完全に這い上がってきている。両肩部には、小口径ながら機関砲の発射口が見えた。
ずずん、とアスファルトを鳴らしながら一歩、ウェリンの方に足を踏み出す敵機。その拍子に、自分が地表に押し開けた穴から完全に脱却。肩を張り、仁王立ちになってウェリンを睨みつけた。
実際に目があるのかどうかは分からない。だが、ウェリンのことを何らかの手段で把握してはいるだろう。それが当のウェリンに伝わるくらいの狂暴性が、全身から放たれている。
「そうだ。こっちに来い、デカブツの畜生め」
日頃口にしないような、荒っぽい言葉で敵機を威嚇するウェリン。本当は自らを鼓舞するつもりで口にしたものだ。虚空に足を踏み出し、するりと飛び降りる。
ビルの五階に相当する、およそ二十メートルの高さからのダイブ。ウェリンの身体は、ワイヤーに沿って勢いよく滑り降りていく。
ウェリンは右腕と腹部を一直線上に空間配置し、そのまま発砲。雨粒のように薬莢を降らせながら、ガトリング砲を撃ち放つ。
自分の動きに合わせて、少しずつ確度を変えていく。そうして、敵機の外装の最も脆弱な部分、肩部へと集中砲火を見舞う。
敵機が半歩、後ずさる。それに合わせてクレーンが駆動。ウェリンの身体が、ちょうど敵機の胸部中央に跳び込めるように微調整をかける。
まさに息の合った動きで、クレーンはウェリンを敵機の下へと連れていく。残弾の切れたガトリング砲を投げ出し、ワイヤーを掴んでいた左腕を元に戻す。
右腕は、ガトリング砲を荒く扱ってしまったためにガタガタだ。反動を受けすぎて歪んでいる。最早あてにはならない。
だが、ウェリンは勝ち目のない作戦を立てていたわけではない。右足に格納されている電磁ナイフを使えば、勝機はある。
ウェリンはそう自分に言い聞かせながら、ワイヤーから離脱。斜め前方、下方向へと身を投げる。
「くふっ!」
ウェリンは敵機前部の出っ張りを掴み込んだ。肩部の小口径機関砲だ。ばらばらと発砲があったが、ウェリンは巧みに身体を揺らしてこれを回避。
まるでその場に足場があるかのように、綺麗に身を翻して敵機肩部に飛び乗った。
「ふん!」
勢いよく肺に空気を取り込む。元来、呼吸など必要としない身体だが、機械の脳にも身体的刺激が必要だ。
同時に右腕に握らせた電磁ナイフを打ちつける。機関砲の基部を狙って、精確に、しかし粗暴さを隠すことなしに。二度、三度と、同じ挙動を繰り返す。
やがて、ガキッ、という鈍い音がして、機関砲は取り外された。その引き金を、ウェリンは器用に両腕で掴み込む。電磁ナイフを真上に放り投げ、両腕をフリーにし、その間に自らの火器管制システムと機関砲のそれの間でリンクを構築。
ついでに電磁ナイフ格納すべく、頭上に片手を差し伸べた。上を見ようともしない。
宙を泳ぐ電磁ナイフが、魚の鱗のように照り輝く。ウェリンの頭上から手元へと落ちていく電磁ナイフが、ぎらり、と狂暴な輝きを放つ。
傍から見たら、相当場慣れした奇術師のように思われたかもしれない。
そんなことを思う間もなく、ウェリンは機関砲の銃口を外装の隙間に突っ込んだ。反発力のある、生々しい感触。
それに構わず、ウェリンは思いっきり引き金を引いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ、という鈍い銃声が轟く。内部の装甲、すなわち鱗で覆われた筋肉組織が、凄まじい勢いで削られていく。赤紫色の鮮血が噴出し、外装と共にガタガタと痙攣する。
「ふぅーーーーーーーっ……」
長く深い呼吸をして、自身の振動を押さえ込もうと試みる。自分一人で、猛牛と闘牛士の両方を演じているかのようだ。
息を吐き切ったところで、弾倉が空になった。ウェリンが機関砲を放り捨てたその時、その視界に巨大な腕が飛び込んできた。敵機の右腕だ。ウェリンを掴み上げ、捻り潰すつもりなのだ。
ウェリンは再度、電磁ナイフを引き抜いた。空いた腕一本で逆立ちし、縦向きに自らを回転させる。その背後を、屈強な腕が通過していく。
それを見越したウェリンは、自らを跳ね飛ばすようにして敵機の肩部の上を駆ける。狙うのは、腕の間の僅かな出っ張り。
「このモデルなら……!」
ここまで戦ってみて、ウェリンはこの敵機の型式を明らかにした。
頭部がない代わりに、機動制御システムが胸部に存在している。外部からの攻撃には強いものの、メンテナンスの拡張性を保つために、頭部が本来あるべきところに蓋がある。
蓋とは、胸部の制御システムと首部を直結させるためのパーツだ。これを回転させ、引き抜くことで、制御システムに続くシャフトを露わにすることができる。
ウェリンの狙いはそこにある。
これか。そう呟いて、ウェリンは蓋の把手に左手をかけた。
思いの外、簡易な造りだ。そう認識した頃には、蓋は完全に取り外されていた。
後は、電磁ナイフを起動させて投げ込めば、こいつは馬鹿でかい木偶の坊へとなり果てる。
空を切る速さで抜刀し、左腕に握らせる。そして左腕を振り上げた、次の瞬間だった。
「ッ!」
ぐわん、と足元が波打った。地震とすら形容できない、これは振動の暴力だ。
左手を離れ、明後日の方向に飛んでいく電磁ナイフ。そちらに目を遣ると、ようやく状況が把握できた。
このデカブツが、跳躍したのだ。
まさかこんな動きができるとは。ウェリンが人間なら、開いた口が塞がらない状態に陥っていたことだろう。
残る攻撃方法は、自分の身体を投げ出すことくらいだ。
シャフト内に飛び込んで落下し、ありったけの力を込めて殴りつける。そうすれば、こいつの操作基盤を完全に破壊することができるだろう。
これが死というものなのか――。
ウェリンは飽くまでもロボット、理論で動く存在だ。その理論が、自分が振り落とされ、踏み砕かれるという予測を示している。即断できなければ、だが。
死を恐れないという意味では、ウェリンは自分の『非生物』であることに感謝した。
しかし、その考えはすぐさま外れることになる。どこからか飛来した白光が、ウェリンを包み込んでいく。
そして――。
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