第14話【第三章】

【第三章】


 東京都千代田区某所。

 何層にも折り重なった地下区画の、そのまたド底辺。ジンロウ部隊にのみ入室を許された特務室がある。

 床、壁、天井に至るまで、艶のない黒色で塗り固められ、照明は用意されていない。代わりに、大型のメインディスプレイと複数のサブディスプレイが光源として機能している。

 それでも、高い天井まで照らし出してはくれなかったが。


 それはさておき。

 この部屋の特筆すべき特徴は、ずばりその頑強さだ。ある教訓から、防護性能を数段格上げせざるを得なくなったともいえる。


 ある教訓。それは、数年前に発生したある事件の経験に基づいている。国内の人権団体を偽装したテロリストにより、警視庁が急襲された事件、通称『死の薔薇事件』。それがきっかけだった。

 綺麗な華には棘がある、という古めかしい言い回しを反映させた名前だ。


『綺麗』なのは、隠蔽・発覚・実在照明などが為された情報管理室としての側面からだ。世界中の為政者、政治活動家、アングラの情報管理部門のトップが、ここを通して組織間の遣り取りを行っている。

 兵器、人材、そして情報。そのどれもが暗い室内で勢ぞろいして、自分の買い手たちの到来を待ちわびている。そのほとんどが、実働部隊たるジンロウ部隊の活躍で入手されたものだ。


 カタカタというキーボードの操作音、エアコンの自動駆動音。

 その他、様々な機材の冷却器、耐爆仕様の自動ドア、オペレーターたちのワークチェアなどなどが、微小な擦過音を立てている。

 前世紀から存在してきた自分たち。その存在価値を、この時代に示そうとしているかのようだ。


 自分たちは、まだ人類に寄与することができる。淘汰されるには早すぎる。遺物だ、などと言われてたまるか。

 彼らにも声があれば、そう言い放っていたかもしれない。実際、これら一昔前の機材の方が敵にクラッキングされにくい、という統計結果が出ている。


 そんな彼らのうちの、自動ドアの一つ。メインディスプレイから最も離れた、やや高みに設置されたドアが展開し、一人の男が入ってきた。

 決して若くはない。そしてその顔には、苛立ちと虚無感の混ざった影が浮かんでいた。


 我ながら、飢えて生存意欲をなくした肉食獣だな。――その男、羽場敏光はそう思った。

 自分のような人間の行く末を、暗澹たる気分で考える。


 何故未来を悲観しているのか? 理由は単純で、自らの社会的価値の暴落を止められないでいるからだ。

 今は、若くて腕のいい有望株でもなければ、刑事になることなどできはしない。

 咲良の下に配属になった、そう――桐生賢治のような。


「おお、これはこれは!」


 気づいた時、羽場は足を止め、ピシリと敬礼していた。

 一瞬、自分が何をしているのか分からなくなる。――ああ、そうだ。この男に呼び出されたのだったな。


「そんな堅苦しい挨拶はやめましょう、羽場警視!」


 そう言われ、肩を軽く叩かれた。落ち着きのある、しかし快活な印象の男性。

 長身痩躯で眼鏡をかけた優男で、随分と低い声をしている。


「失礼致しました、川崎徹次・一等陸佐」

「どうぞお構いなく! さあさあ、直に始まりますよ!」


 さっさと振り返って自席に戻っていく川崎。警察組織の一翼を為すこの部屋のトップが、まさか現役の自衛官とは。

 羽場は眩暈がしそうになったが、なんとか転倒を免れた。


「オペレーター、監視衛星の映像、出せるか?」

《はッ、目的座標到達まで、あと二十秒!》

「急いでくれよ、『リモ』の初陣だからな!」


 嬉々として指示を出す川崎。彼を横目に、羽場は口元を歪めた。

 我々警察組織にこの部屋を明け渡してもらえば、もっと有機的な活動ができるのに。


 前世紀の世界大戦から、まるまる一世紀以上の時間が経過している。他国も軍事費拡張を取りやめ、『平和』とは言わずとも『有事ではない』という仮初の環境で生存している。

 そんな中で、『リモ』はあまりにも危険、というか場違いな代物だった。


 出自は、七割方が防衛省技術研究本部、残り三割方が警視庁公安部の息のかかった特殊機材メーカー。

 羽場もそのリストを見たことがある。その時は、よくこの時代に残っていたものだと呆れるような技術集団だった。

 まさか、彼らがこれを完成させてしまうとは。


 一言でいえば、リモは生体部品を纏った巨大な戦闘マシンだ。体高は十メートルを越え、重量は完全装備時で二十トンにも及ぶ。

 その駆動を支えるのは、巨大な脚部が一対と、身体各所に配されたスラスター三十三機。

 操縦は、専用の小型人工衛星を経由した電子通信。これを手に入れるために、川崎が随分苦労したという噂は羽場の耳にも届いている。


「監視衛星、目標座標上空到達まで、五、四、三、二、一!」


 はっと川崎が息を吸い込む。同時に、この部屋のメインディスプレイに何かが映し出された。


「くっ……」


 羽場は小さく呻き声を上げていた。咲良も桐生も無事だろうか?


         ※


「どわあっ!」


 勢いよく振り下ろされた金属塊を、咲良は危うく回避する。サイドステップで思いっきり跳躍したつもりだったが、数センチレベルで叩き潰されるところだった。どん、と心臓を震わせるような空気の振動。たった一発の打撃でこの威力、この精確さ。


 驚嘆しているのは簡単だ。だが、一瞬でも気を抜けば、次の打撃で自分は捉えられてしまうかもしれない。そうして、土煙やアスファルト片諸共、全身の骨肉を粉砕されてしまう。


 だったら早々に倒さなければ……!

 ぐっと屈みこみ、重心を下ろす。大口径機関砲の引き金を振り絞る。金属特有の甲高い音が響き渡り、機関砲の銃口がバチバチと火線を放つ。

 が、キリキリキリキリ、という唸りと共に、弾丸は全てが弾き飛ばされてしまった。


「こいつッ!」

《咲良、弾倉交換を! それまでわたくしが囮になります!》

「了解! ウェリン、無茶しないでよ!」


 この大型ロボの癖のようなものは見えてきた。二本足で動き回り、腕を振り下ろして攻撃してくる。しかし、それが分かったからといって、決定打を見いだせてはいない。今は腕と思われる部分を回避するのがやっとだ。

 その事実に、咲良は大きく舌打ちをした。


 彼女の腕の中には、大口径機関砲が握られていた。分速三〇〇発を誇る化け物で、生身の人間が扱うことなど端から想定されていない。

 そんなものを、咲良はどうにか扱っている。それを可能にしたのは、桐生の部屋で見つけたパワードスーツの部品だ。


 今世紀前半に普及した、パワードスーツという部品。腕部・脚部に装着することで、身につけた者の動作効率を飛躍的に上昇させるという代物である。要するに、重いものを扱いやすくなるのだ。

 ウェリンに援護を、というより囮になることを要請し、その隙に着用した。スーツとはいうものの、実際は両肘・両膝に取りつけるフレームのようなものだ。

 その片端を機関砲に取りつけることで、咲良は独自の戦い方を展開している。


 しかし、彼女とて好きでこんな戦闘をしているわけではない。

 コンテナの陰に滑り込み、弾倉を交換し、襟元のマイクに口を寄せる。


「幽琳、まだ脱出口は見つからないの!? このままじゃ、あたしたち全員が叩き潰されて……!」

《お待ちなさいな、咲良! もうすぐパスワードが判明するから!》

《急いでください、幽琳! 敵はわたくし共の戦法を学んでより効率的に――》

《分かってるってば!》


 幽琳曰く、桐生の部屋にある脱出口の場所は、彼の個人用のパソコンにあるという。

 その中の適切な場所に、適切な文字列を打ち込むと、脱出口が展開されるのだとか。

 だが、機械操作にオタクぶりを発揮している幽琳の腕前でも、すぐに解決できる問題ではなかった。今は数千、数万通りと思われるパスワードの羅列を自動操作で打ち込んでいるところだ。


《まったく! 時間がかかるとウチらが責められるんだからね……!》


 軽口を叩くことの多い幽琳。だが、今の声には息苦しさが詰まっている。

 幽琳だって分かっているのだ。今の状況が、自分たちの生命を危険に晒した『ヤバい』立ち位置であると。


「待たせたわねウェリン、攻撃再開!」

《了解! 少し時間をください!》

「どうしたの? 不調?」

《いえ、準備完了です!》

「え、もう?」


 ウェリンの言葉が終わると同時に、敵の腕部が水平に振られてくる。

 わざと転倒してこれを回避する咲良。ごろごろと身体を回転させて、敵の腕部の攻撃範囲から脱出する。


「ったく!」


 もし可能であるなら、敵の資格センサーを潰したい。光学はもちろん、熱源探知センサーも。そうすれば、やたらと粉塵の舞うこの戦闘でも、自分たちの方が立ち回りが容易になるはずだ。

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