第13話
ドローンがどれだけ破砕されようと、それを可哀そうだとは思わない。憐憫の念など抱きはしない。
咲良は自分のことを、そういう人間だと思っていた。
だが、羽虫のごとく舞い散っていく無人偵察機たちの姿は、咲良の胸中に影を落とした。
自分の左足だって、機械仕掛けの代物なのだ。ウェリンは元から全身が機械だし、ここにはティマだっている。
ロボットがここまで深く根付いた文明の下で、機械を駆逐しながら生きていく社会というのは、真っ当なものだと言えるだろうか?
人間とロボットの関係は、ずっと同じだったわけではない。現在だって、機械を相手に戦っている武装組織は、国内外にいくつも存在している。
ロボットと戦うことに対して、今更何を憂うことがある?
ザザッ、とイヤホンにノイズが走り、咲良ははっと我に返った。
何を考えているんだ、咲良蓮。前線に出ながらにして、感慨に耽っている場合ではないだろう。
眼球を潰しかねない力で、思いっきり目を瞑る。今は作戦中なのだと、改めて自分に言い聞かせる。
そして、ぐっと唾を飲んだと同時。
ずどん、と重い発砲音がして、空気の振動が咲良の皮膚を震わせた。
これは散弾銃による銃声だ。桐生が、散弾銃でドローンを追い回しているのだ。
《ウェリンより咲良、作戦はフェーズ2に移行しました。あと二十秒で、フェーズ3に移ります。電磁式手榴弾の投擲準備を》
「咲良、了解」
工業廃液の異臭を取り込まないように、ゆっくりと外気を肺へと流し入れる。
同じ時間をかけて吐き出し、また外気を取り込む。
これを繰り返していなければ、とても正気を保ってはいられない。どこか強迫観念的な思いを背に、そっと瞼を閉じようとした時のこと。
《咲良! 咲良警部補!》
「げほっ! けほ……。こちら咲良、一体――」
《桐生被弾! 繰り返す、桐生被弾! 自分が救助に向かいます!》
目の前がぐらり、と傾くような錯覚に見舞われる。
桐生が撃たれた? どうして? 装弾中を狙われたのか?
ええい、今はそんなことはどうでもいい。
「あたしが救助する! ウェリンは援護射撃を!」
《待て! 待ってください、咲良!》
咲良は右足に体重をかけ、踏ん張りを効かせて立ち上がった。まだ左足に鈍痛があるのだが、それがどうしたというのだろう? 折れたら折れたで、また製造と装着を繰り返せばいい。
自問自答することで、自分の弱さをねじ伏せる。咲良にとってこれは、ルーティンと言ってもよかった。
再び右足に負荷をかけ、全身を半回転させる。勢いでそのまま建物の陰から飛び出し、最初の電磁式手榴弾を投擲する。
距離と包囲、それにタイミングの一点集中を思い、思いっきり腕を振るう。そして、叫んだ。
「総員、伏せろぉっ!!」
自らもまた、ざらついた地面に倒れ込むように前のめりになる。直後、パン、という呆気ない音がして、続けざまに微かな振動があった。
ドローンの電子回路が、でたらめな電圧に晒されているのだ。回転翼のジャイロセンサーが潰され、一定していたはずの飛行音が、ぐわんぐわんと歪んでいく。
それも十秒に満たない時間のこと。
ぐしゃり、ぐしゃりといって、ドローンたちは墜落した。
回転翼が捻じ曲げられながらも、しつこく離陸を試みる。しかし、それは叶わない。それこそ、死にかけの羽虫のような有り様だった。
「ふっ!」
やっとのことで息をつき、咲良は二発目の手榴弾を握り締める。だが、それが投擲されることはなかった。
《敵性ドローン部隊、全機の墜落を確認。状況終了。繰り返す。状況終了》
ウェリンの声には、しかし喜色の浮かぶ余地などない。流石はロボット、とでも褒めるべきなのか。
何はともあれ、どうやら一応は安全になったらしい。
しかし、その言葉を認識するには、咲良の頭脳はいささか冷静さを欠いていた。
電磁式手榴弾の起爆スイッチから手を離し、防弾ベストに装着し直す。今まで何千回、何万回と訓練してきた所作だ。何の問題もない。――はずだった。
「……あれ?」
ころん、と手榴弾が足元に落ちた。衝撃で起爆するものではないので、誤爆による死傷の心配はない。
分かっている。そんなこと、分かり切っている。
にもかかわらず、自分の胃袋を焼くような感情の正体は何なのか。
このあたしがパニックになりかけている、とでも? 同僚である桐生が被弾したせいで?
つつっ、と滴ってきた額の汗を手の甲で拭い、遮蔽物の陰から身を乗り出す。するとちょうど、ウェリンが跳び下りてくるところだった。
ゴォン、という音と同時に飛散するアスファルト。それを腕で薙ぎ払い、足の裏でアスファルトを踏み抜きながら疾駆するウェリン。その先には、ばったりとうつ伏せになった桐生の姿があった。
「桐生くん! 桐生巡査部長!」
「待って! お待ちを、咲良警部補!」
先に駆けつけていたウェリンは、桐生をゆっくりと仰向けに寝かせた。その顔は苦痛に歪んでいたが、呼吸はしている。
被弾箇所は、右肩と左脇腹、それに左大腿部。そのうち左大腿部は、辛うじてプロテクターが弾丸を留めている。
その左足も含め、三ヶ所の被弾は三ヶ所とも致命傷には至っていないようだ。
「一旦、桐生殿の部屋に戻りましょう! まずはわたくしが担架を――」
しかし、ウェリンが言葉を言い切ることは叶わなかった。唐突に突き上げる振動に、バランスを奪われたのだ。咲良は直感的に、左半身に重心を移して踏ん張りを効かせる。
あたりを見回すと、アスファルトに亀裂が走っていくところだった。
速い。とんでもなく速い。まるで真っ黒な大蛇が、身を揺らしながら狙いを定めてくるかのように見えた。
今にもその顎を開き、毒牙を突き立てようとしてくるに違いない。
それでも、咲良はこの場を動くわけにはいかなかった。地割れに巻き込まれては死傷するだろうし、何より桐生をこの場に捨て置くことなどできはしない。
「ふっ!」
咲良は屈みこんで、桐生の背中と膝の裏に自分の両腕を差し入れた。
不安定な体勢ながらも、どうにか飛び退って大蛇の毒牙から離れていく。
桐生の家の前に立つと、ウェリンが榴弾砲を担いで出てくるところだった。
「ウェリン! あ、あれは何なの!?」
「……」
「ちょっと、ウェリン!」
「駄目です! 分かりません! 警視庁の特殊研究班へのアクセスが……!」
ええい、こうなったら自分の目で確かめる外ない。
桐生の家に飛び込み、ソファのそばに家主を寝かせる。直感任せにしながら、呻く桐生の首筋に鎮静剤を撃ち込む。
「武器……。武器は……!」
咲良が重機関銃を担いで外に出ると、そこにいたのは大蛇の大元、謎の大きな金属塊が地中から上半身を現わすところだった。
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