第12話


         ※


 なかなか早かったな、人間側も。

 ウェリンは自分の予測計算が甘かったことに、苛立ちと落胆の両方を覚えた。


 同時に、そんな気持ちや感情といったものを得たことに、僅かばかりの驚きを得た。

 やはり自分はティマの護衛としてそばにいられるよう、特殊な製造過程の下で造られた機体であるらしい。


 ここ、桐生の家にどんな武器があるかは既に把握している。ここを中心に周辺の半径五キロに及ぶ範囲についても、どこに何があるかは観測済みだ。


 現在のところ、天候は曇り。雨天にはなるまい。自分にとっては、正直どちらでも構わないのだが。

 それよりも、心配すべきは――。


「ちょっと桐生くん! あなた、地対空戦闘がどれだけ危険か分かってるの?」

「仕方ないでしょう、咲良さん! あなたが動けないんじゃ、俺が出るしか――いてっ!」


 桐生は軽くよろめいた。割り込んできた幽琳に殴られたのだ。


「馬鹿ねえ、あんた! 低高度の地対空戦闘訓練、ちゃんと受けたんでしょうね?」

「う、受けてますよ! でなきゃ、この部署に配属されてません!」

「まったく……。もう構わないで、幽琳。彼にはまだ分かってないの。頭上から機関銃で追い回される怖さが」

「そ、それは……確かに俺には分からないです、けど……」


 三人の遣り取りを聞きながら、ウェリンの目はティマの後ろ姿を捉えていた。

 今まで得てきた情報や命令の内容から察するに、敵の目的はティマを無傷で奪還することだ。


 ティマを人質にする。ここにはいないと誤魔化す。どうにか返り討ちにする。

 やりようはあるが、脳内シミュレーションの結果は芳しくない。

 ふと、悪魔の囁きがウェリンの脳内で煌めいた。


 ティマ自身の戦闘能力を以てすれば、人間側のドローン迎撃など容易いのではないか?

 ――馬鹿な! ウェリンはかぶりを振った。

 ティマの身の安全確保こそ、自分の請け負った任務だ。彼女を戦わせるなど、言語道断である。


 実際のところ、これは人間から見れば反逆行為に等しい。が、それは後々考えていけばいいだけのこと。とにかく、今はここにいる戦闘要員だけでドローン迎撃にあたらねばならない。


 ウェリンの電子頭脳がここまで至るのにかかった時間は、約一・二秒といったところ。

 桐生が弁明を試みている間に、ウェリンにとってのドローン迎撃作戦は完成していた。


「皆様、わたくしから提案があります。ドローンを迎撃するための作戦概要、と言っても構いません。お聞きいただけますか」


 はっとした人間たち三人が、怒りに任せた目でウェリンを睨みつける。

 だが、人間の感情なるものに振り回されてはいられない。


 確かに自分は、ここにいる五人(うちロボット二機)の司令官でも何でもない。

 しかし、立場や階級に拘って優良策を明示できないとなったら、そんな馬鹿な話はない。とりわけ、日本人というのはそんな傾向が強い人種でもある。

 少なくとも、ウェリンはそう思っている。


 だからこそ、ウェリンは現状確認と作戦概要について立体画像を人間たちに見せることにしたのだ。この会話の主導権が自分にある、ということを明示するために。


「桐生巡査部長、お願い、いや、提案があります。敵のドローン迎撃に関することです」


 もう一押ししておいてから、ウェリンは作戦概要の説明に移った。


         ※


 説明自体はほんの二、三分で終了した。

 ウェリンの発案に従って、桐生は銃火器用のラックに向かっていく。そこでは、先ほど手入れをしておいた散弾銃が、主人の手に取られる瞬間を今か今かと待ち構えている。


 ――なんて、まさかな。

 という悲観的な考えを抱いてしまうのは、やはり自分の過去ありきの人生を送ってきたからだろうか。両親を殺したのも俺を生かすのも、同じ銃火器。皮肉なもんだな。


「ちょっと、桐生くん。早くどいてくれる? あたしも戦う手はずなんだけど」

「あっ、すみません」


 桐生は身を捻って頷いた。確かめるまでもなく、そこには咲良が立っている。

 もちろん、まだ左足の自由は利かない。半ば片足立ちを繰り返す格好で、銃火器のラックの前にやって来る。


 桐生はどうしても、咲良が無茶をしているように思えてならない。気の利いた言葉の一つや二つ、投げかけてやりたいのは山々だ。

 しかし先ほど、咲良の参戦に反対した時には酷い目に遭った。勢いの乗った手刀を頭頂部に決められてしまったのだ。


 未だにじんじんと痛みを訴える頭部を押さえながら、桐生は咲良に不満げな視線を送る。いや、これは心配なのだろうか?

 

 桐生が何を考えているのか、察してみた方がいいのだろうか。

 いや、後回しだ。咲良はばっさりと切り捨てた。自分は自分の本分を全うしたい。それだけの話だ。


「ウェリン、確認してくれる? 電磁式手榴弾はこのモデルでいいの?」

「はい、問題ありません。恐らく上空旋回中のドローンは、まだ援軍を要請するかどうか、判断しかねているはずです。その前にドローンを墜落、あわよくば着陸させ、ここの地理座標を別な座標と誤認させる。その隙に、ティマと幽琳殿には脱出経路の詮索にあたっていただく」

「つまり、あたしたちがどれだけ時間稼ぎができるか、ってこと?」

「左様です」


 こくり、と頷くウェリン。ティマの前で見せていた優雅さは微塵もない。完全に武人としての首肯だった。


 ウェリンはガトリング砲を、桐生は散弾銃を、咲良は電磁式手榴弾を。各々が任務と愛用火器を手にして、ひっそりと裏口から足を踏み出した。

 その背中を、ティマは焦点の合わない瞳でぼんやりと眺めていた。


         ※


《こちらウェリン、配置完了》

《桐生巡査部長、迎撃体勢に入りました》

「桐生くん、階級はいらないから。咲良、いつでもいけます。合図はよろしく」

《ウェリン了解。各員、現在位置で待機》


 ふっと息を吐いて、咲良は防弾ベストの襟元から電磁式手榴弾を取り外した。

 いつでも起爆できるように、押し込み型のスイッチに指をかける。


 現在の三人の配置はこうだ。

 まず、最寄りの鉄塔の中ほどのスペースにウェリンが陣取っている。使用武器であるガトリング砲は、あまりの重量と反動の大きさで、人間であればとても扱いきれない代物だ。

 しかし、その三門の銃身から発せられる隙のない弾幕は、照準の向こうにある物体を一瞬で粉砕する。


 次に、アスファルト上に伏せる形で桐生が待機している。熱光学迷彩の装備を施し、散弾銃を装備。

 彼の役割は陽動だ。ウェリンの銃撃で高度を落としたドローンを、そのまま地面に撃ち落とす。そうして、敢えてドローンたちに危険な空域を認識させ、飛行可能なエリアを狭めさせていく。


 最後に待ち構えているのが咲良、今作戦の花形である。言うまでもなく、電磁式手榴弾を装備している。これもまた、ドローンの無力化を目的としている。

 

 そうすると、ウェリンのガトリング砲はあまりにも破壊的かもしれない。

 しかし、このデカブツを使うと決めたのはウェリン自身である。それだけ多数のドローンが攻め入ってくるのではないかと考えてのことらしい。


 咲良には、ふとウェリンの狙いが分からなくなる時がある。理屈ではなく、自分の人間としての何かがロボットというものを拒絶している。

 そもそも人間に、ロボットの思考を理解しきるのが不可能だということは分かっている。


 だが、ウェリンがなまじ人間らしく動くものだから――表情筋の動きなど、モノクロ映像だったら人間と区別できるだろうか――、何かが理解できるのではと思ってしまうのだ。


「そんな馬鹿な話、あるわけが――」

《こちらウェリン、目標補足》


 咲良の言葉を遮って、ウェリンの明瞭な言葉が飛び込んできた。

 味方には聞き取りやすいのに、敵には察せられない。


 普段なら、その技術力に感嘆の一息でもつくところだろう。だが今は任務、それも戦闘中なのだから余計な思案は控えて――。


「まったく、桐生くんのことは言えないな」


 咲良がそう呟くのと、頭上から空薬莢が降り注いできたのは同時だった。

 ウェリンの手にしたガトリング砲が火を噴いたのだ。耳を聾する銃撃音が、駄目押しとばかりに響き渡る。


 前方かつ上空に視線をずらした咲良。

 その目に飛び込んできたのは、次々に墜落していくドローンの群れ。電子回路を焼き切られたり、回転翼を破砕されたり、挙句ぐちゃぐちゃな金属塊にされたり。

 とにかく、ドローンの残骸だった。

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