第11話
※
一方、壁を挟んだ向こう側では、桐生とティマが暇を持て余していた。
もっとも、桐生の場合は厳密な暇ではない。重火器を取り出してきて、一つ一つを分解し、磨き上げ、再び組み立てる。我ながら手慣れたものだと思う。
桐生賢治は、端から警察組織の人間を目指していたわけではない。自分の都合よりも、治安維持機関に拾われた恩を返したい、と思っている。
知性をつけたロボットたちによる銃乱射事件で、両親を喪った桐生。メンタルケア施設で茫漠とした時間を過ごすことしばし、偶然別件で訪れた警察組織の何某かが、彼をその場でスカウトした。
もちろん警官として、ではある。まだ中学生だった桐生からすれば、まったく以て異例の採用だったと言える。だが実際のところは、警官より兵士としての色合いの方が強かった。
そして、桐生の最終面接を担当した人物こそ、現在の直属の上司であるところの羽場敏光だった。
それにしても――。
「不思議なもんだな……。あんなに嫌いだった武器の手入れをしてるなんて」
武器を嫌うのは当たり前だ。そんなものがあったがために、桐生の人生は大きく狂ってしまったのだから。
しかし、こうして武器を手にしていると、安心感を覚えてしまうのも事実だった。いざという時に戦う術を知らなければ、もしかしたら自分も呆気なく死んでしまうかもしれない。
それなら自ら命を絶つ方がよほどマシだ。
散弾銃に弾丸を込め、ガシャリ、と初弾を装填する。
近接戦闘では、何といってもこいつが役に立つ。これの使用許可が出ていれば、あのトカゲとの戦闘での死傷者は減らせただろうに。
「どうしたの、桐生さん?」
「え?」
次の自動小銃に伸ばしかけた手を、桐生はだらりと振り下ろした。
「ティマ、お前、今何て言った?」
「だって、あなたの名前は桐生賢治なんでしょう? 階級は巡査部長。当たってる、かな?」
「おう、その通りだが。でも俺、お前の前で自己紹介なんてしたっけか……?」
「その必要はないよ。もちろん、勝手にあなたの頭の中を覗いたことは謝るけど」
「そ、そりゃあ……」
ティマがいきなり喋り出したのには驚いた。僅かに掠れたその声は、ティマを外見よりもぐっと大人びた存在に見せている。だが、自分の立場がこれほど明確に言い当てられてしまうとは。そのことに対する恐怖心の方が大きい。
そんな気持ちは、早々に捨ててしまうべきだ。そしてそのためには、悪あがきに走るしかない。
「あ、あのさ、ティマ?」
「ん~?」
眠気に囚われつつあるのか、ティマはリビング中央の低いテーブルに突っ伏した。
「なあおい、聞いてるか?」
桐生はティマとの意思疎通を試みた。しかしながら、何を尋ねようとしているのかまとまりがつかない。すると、ティマはひょこっと顔を上げた。
何か尋ねる気なら、もう少しまとまってからにしろ。――桐生はあたかも、そう言われているような気がした。
いや、そりゃあそうなんだけどさ。胸中で呟く桐生。だが、武器の点検を終えて手持無沙汰になってみると、現在の状況がどんなものなのか、だんだん不可解に思えてくる。
それこそ、ティマのことだ。
幼女の格好をした、対人暗殺ロボット? あり得ない話ではない。生身の人間と違い、ロボットは外観と中身が大きく異なっている場合も決して少なくはない。
だが、今のティマにそれが当てはまるだろうか。
桐生は、自分がティマを外見でしか判断していないことを自覚している。だが、それでもティマは、年相応の子供にしか見えない。
今、この場で自分が殴殺されることはない。そのはずだ。桐生は自分にそう言い聞かせた。
では、ティマの目的は何なのだろう? それはやはり、彼女のいないところでウェリンにでも尋ねるしかないのだろうか。
両手の間でサイコロを弄ぶティマを、桐生はじっと見つめる。
すると、思いがけない言葉が彼女の口から飛び出した。
「桐生は、妹さんのこと好きだったんだね」
「!?」
唐突に、予想だにしない言葉をかけられ、桐生は心臓が止まるかと思った。いや、実際僅かに止まったかもしれない。
何の脈絡もなくひけらかされた、自分の過去。開示して知ってもらうのに抵抗はないが、自分の口から言い出すには荷が重い。そんな話題だった。
「貴様! 今何て言った!?」
桐生はさっと立ち上がり、そばにあった散弾銃のセーフティを解除した。
ぐいっと銃床を肩に当て、素早く照準、銃口、そしてティマの眉間を一直線上に配置する。
それを見て、ティマは背後から倒れ込むように転がった。たんっ、と床を蹴り、武器庫として使っている棚の前に立ちはだかる。
桐生は軽く舌打ち。このまま発砲したら、ティマの背後にある銃火器ラック内の手榴弾や爆薬に引火する可能性が高い。
ティマは勢いのままに立ち上がり、同時に何かを手に取った。壁際に置かれたワインボトルだ。
部屋の隅、ソファの上に陣取る桐生。
対角線上、ワインボトルを手に、正眼に構えるティマ。
ティマの得物、ワインボトル。どうやって使うつもりだ?
桐生が眉をひそめた直後、ティマはボトルを勢いよくテーブルに叩きつけた。バリン、という鮮烈な音が響き、ボトルは真っ二つに砕け散る。
ようやく桐生は理解した。ティマはボトルの鋭利な断面を武器にしたのだ。
もしあれを投擲されたら、なかなか危険かもしれない。ロボットによる物体投擲の精確さは、人間からすれば大きな脅威となる。
ティマはじっと、無感情な目で桐生を見つめている。
自分から攻撃はしない、しかしお前に逃げ場はないぞ。
そう脅すような目つきだ。
桐生がごくり、と唾を飲んだ次の瞬間。複数の出来事が同時に発生した。
「ちょっとあんたたち! 何をやっているのよ!?」
ドアを蹴り飛ばさん勢いで、幽琳が怒鳴り込んできた。咲良の方はもう大丈夫なのだろうが、あまり刺激を与えるような真似はご法度だろう。
そう思う間に、今度は玄関ドアから声がした。
「何かありましたか、ティマ! 応答を!」
ウェリンの声だ。いつもの落ち着きは失われ、明らかに戦闘体勢に入っていることが伝わってくる。幽琳と違うのは、ウェリンは実際にドアを蹴とばしてしまったことだ。
幽琳とウェリン、一人と一機の鋭い視線に晒され、桐生は拳銃にセーフティをかけ、そっとテーブルの上に置いた。
※
「……とまあ、そういうわけです」
結局、説明責任ありとして正座させられたのは桐生だった。自分とティマ、どちらがどのタイミングでいかほどの殺傷能力を有する物体を手に取ったのか。
そんなこと、誰が見ても分かるだろうに。そう愚痴をこぼしたい桐生だったが、そうしたら最後、ここにいる全員にボコボコにされるかもしれない。
咲良は今すぐは動けないが、どんな精神攻撃を仕掛けてくるか分からない。そういう意味では、きちんと脅威として認めた方がよさそうだ。
だが、その咲良こそが地雷を踏んできた。膝関節のパーツを装着しながら、咲良が核心を突いたのだ。
「ところで桐生くん、どうしてあなたは怒ったの?」
ほんの一瞬、桐生は驚愕の表情を浮かべた。それこそ、自分の両目が飛び出すのではないかと思われるほどに。
「そ、それは……」
先ほどまでの騒ぎはどうしたのか。すっかり静まり返ったリビングに、色濃い沈黙が立ち込めてきた。
その重圧を破ったのは、ギシリ、という何かが軋む音だった。
ちょうど幽琳の前を通るようにして、咲良がやってくる。
大した距離ではない。しかし、それにしては大仰な音がする。義足がまだ身体に馴染んでいないのだろうか。後頭部から細いケーブルが伸びて、左足の脹脛に接続されている。
「咲良警部補、大丈夫ですか? 義足の方は」
「なに頓珍漢なこと言ってんの、桐生くん? 今はあなたが話す番なんだけど?」
確かに、まったく唐突な話ではある。だが、桐生にとってはこの質問が最適だったのだ。
自分のことから話題を逸らし、バディとの信頼を高めておく。一石二鳥だ。
それに、どうせティマやウェリンは心理的透視能力を有している。隠してみただけ無駄なのだ。どうせ見透かされてしまうのなら。
しかし、事態の進展は予想よりずっと早かった。
ピピッ、という短い機械音声がした。ウェリンの方からだ。
「ン、これは……」
何事かと皆が目を上げる中、ウェリンは背筋を伸ばした。右腕を肩の高さに上げ、掌を上に向けて、立体映像を展開する。
「ど、どうしたんだ、ウェリン?」
「ドローンです。間違いありません。所属は警視庁のようですが、詳細は不明。早速迎撃した方がよいでしょう」
その言葉に、桐生は散弾銃を手に取った。
咲良の分まで戦わなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます