第5話
麦と、木の実を収穫する。
麦は粒揃いの物を厳選し、木の実は特に虫食いの付いていない、よく熟れたものをまわりの動物やら魔法の力を使い、収穫していく。
トレーニングの一環で、いつもとは違う魔法を使ってみる。
魔法は、神であればそれぞれが持った力を使用するが、儂は半神の身だ。自分の魔力と引き換えに交渉し八百万の神の力を借り、それを魔法として力を使う事も多々ある。
今回はより気難しい神の力を借りる術式にし、魔術にはより感情を込める。
そうすると呼び出された神が力を貸し、術式が発動する。
ぽす、っと音がして、木の実が落ちた。
16度目にしてようやく成功だ。
今のうちに多くの神へのコネクションを作って、将来へ備えねば。
母上は今何をしているのだろうか。ふと気になって、母上の居る祠へと足を運ぶ。
他の神の力は借りず、自分の力で祠を掃除する。
そうして、綺麗になった祠の前で手を合わせる。
すると母上が、緩やかな風の中から顕現した。
「元気にしておったか。ミノリよ」
「母上。儂は母上のお陰でいつでも健康体じゃ」
「そうだな。して、あのフォンダンショコラとやらに付喪神が憑いたと聞いておる。まだ食っておらぬか。呆れた娘じゃ」
「……あれは宝物でございます」
「ふぅ。親の気も知らないで」
「ミノリよ。妾はこれから、黄泉の国へ行く。加護を再び掛ける事は出来ぬぞ。お主が山神となる覚悟が決まったら、再びここに来い。試練を受けさせてやろう」
「……承知した」
母上と別れ、庭に帰る。
あとはコーヒー豆、だったか。どんなものかマツリに聞いてみよう。
ドアを開くと、マツリの姿はなかった。
台所にいないという事は、リビングだろうか。そう思ってそちらを見やると。
昨日のブランケットが、もぞもぞと動いている。
それをめくると、マツリがいた。
可愛らしい姿。上気した頬。乱れた衣服。
それは、あまりにも。
「ち、違うんだ! 布団の中で遊んでいただけだ! 最近寒いだろう? 動いていた方があったかくなるからごろごろ動いてたら、熱くなってきて! で、ちょっと薄着になろうとしただけ…」
思わず彼女の唇に触れる。
彼女の目が潤んで。
甘い香り。
首元に顔を埋める。
キスを落とす。
匂いが強くなる。
彼女を壊さないように、そっと抱きしめた。
そのまま何時間経っただろう。
用事を思い出して、話しかける。
「マツリ。コーヒー豆とは、どういうものじゃ?」
「コーヒー豆…。説明が難しいな。よし」
術式を唱えた。名前も聞いた事のない神を呼び出している。
すると、片眼鏡を付けた初老の男が具現化した。
「お呼びですかな?この美展命を」うつくしのべのみこと
「ああ。コーヒーをつくりたくてな。コーヒーの事を教えてくれ」
「ふぉふぉ。任せなさい。お嬢様方」
どこからか器具を取り出して、コーヒーとやらを作り始める。
その間、マツリは男に何か質問をしている。知識欲に目を輝かせる彼女を、美しいと思った。
男の授業は分かりやすく、さほど興味のない儂にとっても面白いものであった。
「コーヒー豆の煎り具合は、好みによってどの程度煎るか、また合わせる料理によっても変わる。フレンチなら、もう少し深く。そう。ここ!」
「うむ。これは我にも分かるぞ! よし、これから焙煎は我に任せろ!」
ザルにあけたコーヒー豆を、男の頼みで魔法を用い、冷ましていく。
冷めたコーヒー豆を、道具を用いつつ挽いていく。この挽き加減もマツリには分かるようだ。これからコーヒー作りはマツリに任せよう。そう思った。
そしてフレンチプレスだとかいう道具を用い、抽出していく。
完成したコーヒーとやらがテーブルの上に三つ置かれる。それを啜る。
「……苦い」
「うまぁ……」
「なかなかの出来でございますな」
なんだこれは。本当にこれがマツリの求めていた味なのか。そう思い。もう一口啜る。
なるほど。苦味の中に、香りやら酸味やら複雑な風味が口の中に広がる。
「そちらのお嬢さん。コーヒーを飲むのは、初めてかな?」
「ああ、驚いた。こんな複雑な飲み物があるんじゃな」
「ふぉふぉふぉ。飲めば飲むほど味が分かるようになるものぞ。して、そちらの小さなお嬢さんの料理を食って、変わった事があったろう?」
「マツリと呼んでくれ。そっちはミノリだ」
「……悪夢を見て、それから、力がみなぎった」
「それはマツリちゃんの力じゃよ。意識共有で、マツリちゃんの不安が夢となってミノリさんに現れ、そしてマツリちゃんの料理を食べたという事は、マツリちゃんの魔力がミノリさんの身体の中に流れ込んでおる。上手く使えているようじゃのう」
しかし流れ込みすぎには注意せよ、と続ける。
「マツリちゃんの魔力に支配されて、意識まで乗っ取られてしまう事もある。猪のミノリさんには、マツリちゃんの香気だけでもきついかもしれんのう。心を強く持て。料理も、一緒に作ってやればそこまで酷い事にはならんだろうな」
「なるほど……」
「一緒に……」
「マツリちゃんも、そうじゃな。君は付喪神だ。物や君自身への執着が強くなればなるほど、力が増す。現に生まれて数日とは思えぬほどの力を、君は持っておる。力の扱いには気をつけたまえ」
「分かった」
「ここで会ったのも何かの縁。君達が良ければ、これから時々茶会でもしよう。教えられる事も、まだまだあるでのう。君達は視線だけで想いあっているのがよく分かる。美しき君達の、これからの行く末をじじいに見守らせてくれ」
思わず、マツリと顔を合わせる。
顔が熱くなってくる。マツリの方は、どうやら平常心のようだ。
Inogami et fondant au chocolat 外街アリス @Impimoimoko
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