第3話
山の恵みとは。
万物が生活を送る過程で生まれる争い、搾取、小さきものにとっての理不尽によって生まれる。
故にそれらへの感謝を忘れてはならない。一つ一つを咥えて、籠に入れる。
マツリの提案により、食べ物は彼女が調理してくれる事になった。
ひとところに食い物を集めると、籠いっぱいの量になっていた。
無数の小さきものへの感謝を捧げながら、家路に向かう。
家に帰ると、儂を狂わせる香りが出迎えた。
何をするでもなく、ただふよふよと浮いているマツリの姿が愛おしい。
浄化魔法をかけ、気配を殺して彼女に近づく。
そして、そのにおいを最も感じられるうなじに鼻をあてる。
「ひゃうっ!?」
驚いて全身をビクッと震わすその姿に何もかもを捨ててしまいたくなったが、今はまだ、そう、この食料を渡すべき時だ。
「すごい、こんなに……。これ全部一人で?」
「これが山の恵みじゃ。数え切れぬほどの小さきもの達の慟哭でできておる。頼んだぞ」
「……分かった」
籠を背にのせ、台所まで運んでやる。マツリはその中身を一つ一つ魔法で丁寧に浄化していく。
彼女の料理ができるのを待つ間、やる事も無いので外で鍛錬していたら声が聞こえた。
「できたぞ。我の自信作だ」
誇らしげなその声と表情に、先刻まで研ぎ澄ませていた意識が綻ぶ。
温かな食事を摂るひと時。これもマツリの憧れだったようで、その顔から幸せを隠しきれていない。
その一つ一つをどう調理したか、説明してくれる。
「これはどんぐりと葉物のサラダだ。灰汁をしっかり取ったからこの味には驚くぞー。
で、これは蛇のステーキだ。これは丸のままの方が骨からの旨味が滲み出るからあえてこのままだ。
この根は見た事が無かったから、スープにしてみたぞ。コオロギから出汁を取ったんだ。
ほら、食ってみろ!」
正直半分以上彼女の言っている事が分からなかったが、自分のために工夫を凝らしてくれた彼女のその表情、仕草一つで胸がとろける。
母上に教えてもらった、食材に感謝を告げる一言を口にし、愛しい結晶を体内に取り込む。
何だこれは。
初めての経験だった。無我夢中で食べ進める。
あっという間に無くなってしまった皿を見つめながら、思わずありがとうと呟く。
「……はい。どういたしまして」
視線を上げると、ちょうどぶつかる。
数秒見つめ合う。
同時に目を逸らした。
なんだかいたたまれなくなって、ソファーに寝そべる。
マツリもこっちに来て、腰を下ろす。
「な? ソファーがあると良いだろう?」
「マツリの言う人間の暮らしとやらも悪くないのう」
二人して堕落した時間を過ごす。
いつしか、眠りに落ちていた。
目が覚めると、愛しい姿が半分消えかかっていた。
辛そうに呼吸を繰り返している。
包みの破られたケーキは朽ち始め、やがて蛆が取り囲む。
「やめろ! やめろ! 貴様らが触れて良いものではない!」
吠える頭上に、黒く大きな影が降りる。
直感した。こいつが犯人だと。
持てる力の総てをこの未知の存在に向ける。しかし、歯が立たない。
ああ、飲み込まれる。何も守れず、消えていく。
絶望の中に意識が途絶えようとしていたところ、胸に小さな温かさを感じた。
トクトクと小さな音が伝わる。
この香りは。
目を開くと、マツリが儂の胸にしがみついていた。見ると涙まで流している。
こちらに気づいた彼女は慌てて涙を拭い、そのまま顔を胸に埋めて隠してしまう。
気が付けば彼女の頭を舐めていた。優しい君に、少しでも優しさを返せるように。
きっと今度は、悪夢にうなされる事もない。
そう思いながら、眠りについた。
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