第2話

そうして我らは共に暮らし始めた。


住処といっても、草を編んで作った寝床が一つあるだけだ。この子のために屋根のある家の一つでも作ってやった方がよいか。


「そうだな。こんなところで食われるというのはいくらなんでも、その……」


「何だ?」


「欠けるだろう?」


「儂にはよく分からんが、家があれば良いのじゃろう?」


魔力を編み、絵本で見た事のある日本家屋を造り出す。しかしマツリは不満気だ。


「違う! こんなみすぼらしい家など我には相応しくないぞ! せめて石造りの、赤い瓦屋根にしろ!」


彼女の意見を受け、先ほど造った家を壊す。

代わりに要望通り、石造りで赤い瓦屋根の家屋を造る。


「なぜまた辛気臭い日本家屋になる!? ええい、こうだ! こういう洒落た家を作らんか!」


そう言って、ミニチュアサイズの家をマツリが具現化させる。

なるほど。本は本でも菓子作りの本に出てきた、パリの街並みの方だったか。

マツリのイメージを吸収するため、彼女の造ったミニチュアをまじまじと見つめる。


そして造った建物に、ようやく

「まあ……、合格点をくれてやろう」

とのお言葉をいただいたので、中に入り内装に着手する。


しかしこの内装が曲者で、四つ脚の儂と人型で浮遊しているマツリの意見がことごとく合わない。




「りびんぐ……、何じゃ、それは?」


「リビングも知らんのか。えいっ、こういう部屋の事だ」


「ソファにテーブル……。これは儂らに必要なのか?」


「あ、あった方がおしゃれだろ!?」


「そうか。そういうものなのか。ほれ」


「魔法映画に出てくるセンスないソファじゃないかこれ! なんでこんなもの! ……って、我が最初に具現化しておったのがこれか」




「風呂? そなたは神故に必要なかろう。儂にも浄化魔法がある。それに水浴びは頻繁にしておるぞ」


「…………」




「これがベッドというものなのか。……草のにおいがせぬのか。それに何だこのふわふわとした触り心地は。こんなところで寝れるのか?」


「ここで寝るのが普通だぞ。それに、草だとちくちくするだろ……」


「毛がないというのは大変じゃのう。ふむ。ベッドとやら、造ってみよう」


「天蓋もつけてくれ! ええとほら、こういうやつだ!」


「これは何のための物なのだ……?」


「そ、それはほら、ムードだよムード!」


「むうど」


「それからここにランプも」


「らんぷ」


「ムードは大事だぞ。ムードが無いとお前にこの体はやらん」


「それは困るな。分かった」




「庭を作ろう! ほら、この辺に花を置いてくれ」


「こうか?」


「何で動物の鼻をそこら一帯にばら撒くんだ! 薔薇とか野花とかだよ!」


「ああ、そちらの花か。すまない」


「違う違う。全部同じ花じゃなくて、違う種類の花をたくさん植えるんだ!」


「こうか?」


「ぎゃ! 蒟蒻の花を置くな! 臭いだろう! ユリとかランとかイチゴとか、もっとかわいい花を置け!」




どうにか完成した部屋の寝室で、二人して寝転ぶ。


「こんなに魔力を使ったのは久しぶりじゃのう。じいちゃんとの戦い以来じゃ」


「我も、今日は疲れたぞ……」


「そなたがこんなにわがままだったとは。理想の家になったか?」


「…………まあ、及第点だな」


「顔を見せてくれ。もっと見ていたい」


「嫌だ」


「仕方ないのう」


マツリの上に覆い被さり、顔がよく見えるよう近くで寝そべる。


「可愛らしい顔じゃ」


「…………っ」


「家というのも存外悪くないのう。周囲への警戒が必要ない分、そなただけを見ていられる」


首筋に鼻を近づけ、肺の中をマツリでいっぱいにする。


「なあ、なんであのケーキをここのサイドテーブルに置いたか分かるか?」


「ずっと気になっておった。何故じゃ?」


視線が絡み合う。


「これを食う。それだけでいいんだ」


「それだけはできぬ」


「何故そこまでアレにこだわる?」


「初めて自ら望んだ贈り物じゃ。儂は生まれより欲しくもない名や立場を贈られ生きておった。しかしあれだけは、儂が本当に望み、物好きな人間が結界をかいくぐってまで届けてくれた物じゃからのう」


「あまり依代に嫉妬させるなよ」


「マツリ。そなたもあれと同じくらい、大切じゃ。願わくば、ずっと隣に……」


視界が暗転した。さすがの儂も、魔力の使い過ぎは良くなかったか。


近くにマツリのにおいがする。その小さな手で、頬を撫でてくれているのか。


幸せに包まれながら、意識を手放した。

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