Inogami et fondant au chocolat
外街アリス
第1話
子供の頃、親から貰った物を大事に取っておく経験は誰にでもあるだろう。かつてただの猪だったミノリにもそれがあった。
しかし、それは時間が経ちすぎた。役割をいつまでも果たせずにいたそれは、ついに意思を持った神を生み出した。
これは、神になる前の少女と小さな小さな神、たった二人だけの甘いお話。
目が覚めると、枕元に置かれた包みが視界に入る。
それを慣れた調子で慎重にほどき、その中身を取り出す。
フォンダンショコラ。
この山にはおしゃれすぎる気もするが、そんな事は関係ない。
これは1歳になった最初のクリスマスに、サンタに手紙を書いたら枕元に置いてあったもの。
当時から甘いお菓子やケーキに夢中だった儂が、調べて調べて厳選した、最も憧れのケーキ。
勿体無くて1日眺めていたら現山神である母上に怒られ、劣化防止の加護を付けてもらった。
そんな思い出のケーキも食べられる事なくはや何十年。
「はぁ。この色、形、フルーツの造形美、そしてこの芳しい香り……。食べられるわけがなかろう」
「いや、食えよ」
「この様な芸術品をか?たわけ」
「────────?」
この山には、人が立ち入らないはずだ。母上が人入らずの結界を張っているからだ。という事は今ここにいるのは、結界を破れる程の強者か、あるいは戦を挑みに来た神か。
しかし殺気、敵意のたぐいを全く感じない。
目の前に気配はあるのに、姿が捉えられない。
この存在は一体────。
「あ、ごめんごめん。隠れて見えなかったか。よっと。
我は
あんたがあんまりにもそれ、大事にしてるから憑いちゃったんだよね」
ケーキの包みの後ろから現れたのは、身長15cmにも満たない、小さな小さな女の子。
とぅるんとした茶髪を頭の上でまとめていて、フランス人形のような顔立ちと濃い肌色のギャップに胸を掴まれる。
肩下からはじまる白いミニワンピースは、溶けてしまいそうなふわふわの生クリームを彷彿とさせる。
そして何よりこの甘い匂い。彼女自身から香るものだ。
この匂いを嗅ぐとどうもクラクラしてしまう。視線が細い脚、肩、首筋と誘導されてしまう。
「アハハ! そんなに我が食べたいか。しかし我の役目はこいつ! このケーキの方をお前に食わせる事だ! 食ってしばらくしたらどうせ消えるんだ、この体は好きにしてよい! ほら、こいつをとっとと食え!」
魅惑的な言葉とともに、聞き捨てならない事が聞こえた。
「それを食うと、消えるのか……?」
「うむ。我はこいつの付喪神だからな。依代が消えれば我の存在も消える」
「ならば一層食えん」
「うぇ!? なんでだよ! そんなに食いたくないのかよ……。
お前ガン見してたろ、我の体。好きにしなくていいのか?」
短いワンピースをさらにめくり、上目遣いで見上げられる。儂の答えは決まっている。
「マツリ、そなたに一目惚れした。儂は
儂はあのケーキを食べるつもりはない。マツリと一緒に居たい。
この山は安全だが、母上も高齢だ。何があるかわからない。儂が守ってやる。だから、一緒に暮らしてはくれないか?」
マツリは俯いた。
「ま、まあ、こいつをお前に食わせるのが我の役目だし? 一緒にいるのはやぶさかでは無いんだが……。
なにぶんこんな告白を受けたのは初めてでな、どう返事をすれば良いのか分からんのだ」
太ももを擦り合わせ視線を左右に大きく動かしている。この女は、本当に。
「儂を誘惑するのが上手いのう。誘っておるのか?」
涙目になった。至近距離で見つめているから、彼女の顔が熱いのも分かる。
急に目付きが鋭くなる。
「そ、そうだよ! 誘ってんだよ! あんたがこれをさっさと食べてくれるように! ほら! 我を食いたくばまずはこっちじゃ! こっちを食え!」
「このケーキも、そなたも、両方大切じゃ」
マツリを壊さないように、そっと両の蹄で抱き上げる。
「すまない」
鼻を近づけて、マツリの匂いを堪能する。
「うにゃああああ! 嗅ぐなあああああ!」
「まずはあっちを食ってからだーーー!」
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