第39話

「ぐがはぁぁぁっ!?」


 明らかにダメージを負っている様子で、岩熊の顔も苦悶に彩られている。しかし井狩の攻撃は止まらずに、そこから烈火のごとく繰り出されていく。

 ピンボールのように弾かれては、先回りした井狩に再び殴られ吹き飛ぶ。


 この場にいる十束含めた全員が、呆気に取られている。これほどの力を井狩が持っているとは思っていなかったのかもしれない。


 あれほど圧倒的だった岩熊を、まるで相手にしない力量を持つ井狩に皆が見惚れてしまっている。

 腕や足が変な方向へ曲がり、かつ吐血しながら、今もなお井狩の怒涛の攻撃を受けている岩熊だが、すでに意識はないのか、途中で悲鳴も止まっていた。


 最後に岩熊の顎をアッパーで打ち抜くと、彼はそのまま放物線を描きながら宙を飛び、無防備に大地へと落下した。


(と、とんでもねえや、この人……!?)


 十束も言葉が出ないほど衝撃を受けていた。強いらしいということは、海東からも聞いていたし、設定でも知っていたが、これほどの実力を持っていたとは驚きしかない。


(しかもまだゲームが始まって間もないにもかかわらず……この人の戦闘センスはズバ抜けてる)


 確か過去に傭兵をやっていたという設定はあった。恐らくは、その部隊でも傑物ではあったのだろう。そんな人物が純粋な力を増幅させる能力を得ている。

 まさに〝鬼に金棒〟というわけだ。


「はあ……はあはあ……げほっ、げほっ」


 及川たちも呆然としていた矢先、勝者であるはずの井狩が、何故か顔を青ざめ血を吐いて片膝をついたのである。


「「井狩さんっ!」」


 当然とばかりに、井狩が心配で及川と鈴村が駆け寄る。

 十束も、綿本たち非戦闘者と一緒に彼に近づいていく。


「だ、大丈夫……さ。少し……休めば……っ」


 見れば、彼の身体が痙攣しており、ところどころ皮膚が裂けて血が噴き出していた。

 岩熊の攻撃を全弾かわしていたにもかかわらず、これはどういうことなのか。それはこの場にいる十束と井狩しか分からないだろう。


(いくら戦闘センスがあっても、反動だけはどうしようもないってわけか)


 強い力には必ず反動というものがある。

 特に井狩のソレは、全身をありえないほど強化するもの。一時的に高ランクモンスターでさえ凌駕する肉体を得られるが、能力が切れると反動で身体に相応の負荷が襲う。


 自身の力を二倍加する《倍力》というBスキルだが、それだけならまだしも、《十倍力》という十倍加するスキルも使ったのだ。負荷は相当なものだろう。

 レベルがもっと高ければ、リスクも軽減できるが、さすがにこの短期間では、《十倍力》の負荷は耐えられなかったのだ。


「無茶をし過ぎですよ、井狩さん……!」

「はは……悪いね、及川くん。けれど……こうでもしなければ、きっと奴は倒せなかった」


 及川に肩を貸してもらって立ち上がる井狩は苦笑交じりだ。

 確かに《倍力》程度では、さすがに岩熊を倒すまでは至らなかったかもしれない。


「鈴村さん……はあはあ……申し訳ないが、このあとの指揮は……任せてもいいかい?」

「任せな! 井狩さんのお蔭で大分休めたし、それに……死んだ奴らも弔ってやらないといけないしね」


 いろいろギリギリな場面はあったものの、どうにか最小限の犠牲で仲間を救えたようだ。海東も命には別条はないようだし、綿本も無事に取り戻せて十束もホッとしていた。


 だが、皆が安堵したその時だ。

 まるでその場の重力が増したかのような負のプレッシャーが全員を襲った。

 十束の嫌な予感が爆発的に膨らみ、それは現実と化す。


 近場の空間が歪み、そこから巨大な存在が姿を現した。

 そして、十束はソイツの名を思わず口にする。


「…………………………オーガ」





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