第38話
突如として現れた井狩は、今もなおぐったりとしている海東に手を差し伸べて安否を確かめる。そこへ及川たちも近づいていく。
「……どうやら間に合ったようだね」
その態度を見るに、海東はまだ無事のようだ。
「い、井狩さん……どうしてここに?」
「そうよ、囮の可能性があるって残ったはずでしょ?」
及川と鈴村がそれぞれ疑問をぶつけた。
「なぁに、君たちに任せはしたが、やはり気になるじゃないか。それに安心してほしい。〝ベース〟には細川くんたちもいるし、彼らならきっと守ってくれると信じてる」
井狩が微笑を浮かべながら、及川たちを安心させるように言った。
その時、岩熊が吹き飛ばされた場所の瓦礫が弾け飛んだ。
「……やってくれんじゃねえか、てめえが……井狩兵庫か?」
あれだけ吹き飛んだというのにもかかわらずピンピンとしている岩熊。
「そうだ。私が井狩兵庫さ」
「ようやく会えたなぁ、手間が省けたぜ。随分と舐めた真似してくれたようだな。てめえは確実にここで殺してやるよ」
「それは私の言い分でもある。よくも大切な仲間たちを傷つけてくれたね。これほど怒りを覚えたのは久しぶりだよ」
井狩と岩熊が睨み合い、空気がどんどん張りつめていく。その状況を見ている誰もが息を呑んで見守っている。
そして、先に動いたのは岩熊の方だった。
電光石火の動きで間を詰め、空気を切り裂くようなジャブを放つ。しかし、井狩は難なくそれをかわす。
舌打ちをした岩熊の攻撃は止まらず、そのままジャブが何度も繰り出される。その度に、井狩は冷静な足運びを見せて回避していく。
こうして見れば体格的には岩熊の方が一回り上だ。井狩も年齢の割にはガッシリとした身体をしているが、まるでヘビー級とミニマム級のボクサーが戦っているかのようだ。
一撃でもまともに受ければ、当然井狩の方がより大きなダメージとなるだろう。
(……凄いな、あの人)
井狩の動きは素晴らしいものだった。目にも止まらないほどの拳の連撃を、軽やかにかわす動きは見事と言うほかない。
「っ……ちぃ、てめえ……格闘技か何かやってやがったな?」
手を止めた岩熊が、井狩に対して問い質す。
岩熊がそう感じたのも、きっと自身もまた格闘技をやっていたからだろう。
「なぁに、若い頃にちょっとかじってただけだよ」
「かじってたって動きじゃねえだろうが! おらぁぁぁ!」
鋭い右ストレートが岩熊から放たれるが、井狩はそれを腕を出して受け流すと、そのまま相手の腕を掴んで一本背負いで地面に叩きつけた。
「ぐっ!? ……っの野郎がぁっ!」
鉄化していることでやはりダメージはなさそうだが、精神的には追い詰められているのか、岩熊から焦りが少し見える。そんな彼が、今度は逆に倒れたまま井狩の腕を掴んだ。
恐らくそのまま引っ張り込んで組み伏せるつもりなのだろうが……。
「……なっ……う、動かねえ……っ!?」
驚愕に歪む岩熊の表情。井狩を引っ張り込もうとしている腕がプルプルと震えていることから、相当の力を込めていることが理解できるが、その力を受けている井狩の身体はピクリとも動いていない。
そして驚くことに、そんな岩熊の腕を掴みながら、井狩が彼の身体を持ち上げていく。
(おいおいおい、とんでもねえな……!)
百キログラムを超えているであろう岩熊を、軽々と頭上に掲げると、井狩はそのままジャイアントスイングをしてから地面に放り投げる。
「す、凄いですね、井狩さん。さすがは『力の勇者』ですね」
傍に立つ綿本もまた目を見張りながら呟くように言った。
井狩は、勇者の中でも稀少度が高い『特性勇者』の一つ――『力の勇者』らしい。その特徴は、その名の通り〝力〟を増幅させたり減少することができるのだ。
しかも、練度にはよるが、デコピンでトラックすら吹き飛ばすことも可能になる。
先ほど、海東を助けた時には、その力を使って殴り飛ばし、また岩熊が引き込もうとする力に耐え、逆にその身体を持ち上げたのも同様だ。
「ぐっ……クソがぁ……! こんなジジイにぃぃっ」
立ち上がった岩熊も信じられないといった様子だが、それよりも力で上回られたことが心底気に食わないようだ。
それもそのはずだ。今まで圧倒的な〝暴力〟で、弱者を支配し屠ってきた奴だ。それなのに、その〝暴力〟で上を行かれたのだから。
「この俺の力を舐めてんじゃねえぞぉぉぉっ!」
全速力で突っ込み、そのままの勢いで拳を繰り出す岩熊。鉄化されたその一撃は、たとえ分厚い壁であろうと粉砕するであろう。
「――《
井狩が短く呟いた刹那、急激に彼の速力が増し、岩熊の攻撃を回避したあとに背後をついた。当然ターゲットが瞬く間に、その場から消えたことに驚きを隠せずない岩熊は固まる。
「……覚えておきな、ガキ。俺の家族に手ぇ出す奴は、ぜってぇ許さねぇ!」
口調が変わった井狩。それと同時に、膨れ上がる怒気と殺気。十束ですら背筋すら凍るほど、彼の形相は鬼のようだった。
「――《
そう唱えた直後、凄まじい右拳の一撃が岩熊の背に突き刺さる。
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