第37話
「な、何だとぉっ!? どうやってそこまで!?」
当然ながら岩熊だけでなく、彼の仲間や、果ては鈴村たちも驚愕して十束を見るが、これを勝機と捉えたのか、固まっている【ブラックハウス】の連中の虚を突いて及川たちが攻撃をして制圧していく。
そして明らかに優勢な【アンダーガイア】。次第に相手の数は減っていき、気づけば残されたのは岩熊だけになった。
「形勢逆転のようだね、岩熊?」
鞭を突きつけながら鈴村が言う。岩熊も不愉快そうに歯を噛み締めている。
「にしてもさすが、よくやってくれたね、咲山君! あとでお姉さんがいっぱい褒めてあげるわ!」
鈴村の機嫌が爆上げ状態だ。年上美女の褒美にはそそるものがあるが、まだ油断できないのは確かだ。何せ、岩熊はいまだ無傷で攻略法が確率されていないのだから。
そんな中、十束に近づいて声をかけてきた人物がいた。
「っ……さ、咲山さん……!」
「……綿本さん、怪我はねえか?」
「はい! 私……信じてました! きっと咲山さんが助けに来てくれるって!」
それは何より。他の女性たちもホッとした表情だ。
十束は、綿本の手を拘束しているロープを外して、他の者たちの拘束も解くように頼む。
そうして見事に人質を解放することができたのである。
「あとはアンタだけ。ここで【ブラックハウス】は壊滅させてもらうわよ」
確かに数で見ればこちらが有利だろう。拘束されていた女性たちの中にも、新参者ではあるが『勇者』はいる。彼女たちも戦うとなれば、孤独な岩熊は敗色濃厚に見えるだろう。
しかし、岩熊の表情は少しも焦りを見せていない。
「はぁ、せっかく集めた駒も壊れるなんてよぉ。まーたイチからだぜ」
「ふざけたことを言ってるんじゃないよ。アンタにはもうイチなんてないさ!」
「あぁ? ……ククク、何か勘違いしてんじゃねえか、おい」
「は? 何が?」
「しょせんてめえらがぶっ殺した連中なんて、ただの手駒でしかねえんだよ。【ブラックハウス】とは俺一人のこと。俺だけがいればそれでいい。どうせ駒なんてあとで幾らでも増やせるんだからなぁ」
どうやら岩熊は最初から、部下を仲間だなどと思っていなかったようだ。十束は最初から知っていたが、それを聞かされた鈴村たちはさらに怒りが込み上げているよう。
「マジでクズだね、アンタ。まあいい、ここで始末すれば問題ないしね! 及川、全員で総攻撃をかけるよ!」
「了解だ。各自奴を取り囲むように配置につけ!」
及川の指示で、まだ戦える者たちが岩熊を囲う。そして鈴村の合図で、一気に岩熊へと総攻撃が繰り出される……が。
「…………………それで終わりかぁ?」
やはりといったところか、総力を結集してもなお岩熊を倒すには至らない。
「くっ……このバケモノめ!」
そう口にするのは及川だ。優位だと思われたのに、まったく活路を見い出せていないことが悔しいのだろう。
(相性もあるけど、多分奴のレベルも相当高いんだろうな)
そうでなければ、今ので多少なりとも耐性を超えられたかもしれないからだ。だが、この世界におけるステータスの差は、常識を簡単に覆してしまう。
恐らく、この場で十束を除くと、岩熊が一番レベルが高いはず。通常、ここらのモンスターではそう簡単に高レベルに上げられないが、奴は人間を多く狩ってきた。
人間、しかも『勇者』は莫大な経験値になるので、その見返りで奴は大幅なレベリングに成功したに違いない。
(これは及川だ。彼女たちじゃ倒すのは無理か……)
いくら数の利があったとしても、圧倒的な個の力に届かない。
「おらおらぁ! それだけかぁぁぁ!」
全身を鉄色と化した岩熊の猛威が鈴村たちに襲い掛かる。暴虐なまでの力に、次々と仲間たちが戦闘不能になっていく。
そして、あっという間に立っているのは鈴村と及川だけになった。せっかく解放した女性たちもまた倒されてしまっている。
その時、キュッと袖が捕まれた。見ると、恐怖で震えている綿本がいる。無理もない。頼りになるはずの仲間たちが全滅しかかっているのだから。
「おいおい、こんだけ集まっても俺に傷一つ付けられねえのか? 【アンダーガイア】ってのも大したことねえんだなぁ!」
自分たちの居場所を侮辱され、鈴村たちの悔し気な表情が露わになるが、反論の余地もないほど圧倒されている状況では仕方ない。
「ん? そういやコイツも、自分の実力を知らずに向かってきたっけなぁ」
そう言いながら、岩熊が傍に横たわる海東の頭を踏んづける。
「っ……その汚い足をどけろっ!」
驚いたことに、真っ先に叫んだのは及川だ。普段から仲悪いというのに、やはり仲間として大切には思っているようだ。
「この俺に命令するな、クソが。そこで黙ってコイツの頭が潰れるのを眺めてろ!」
岩熊が足に力を込めようとする。止めようと及川たちが動こうとするが、ダメージで足が止まってしまう。
十束もさすがにこの状況を見過ごせはしない。
(しょうがない。能力バレ云々よりも、まずはここをどうにかしねえと……)
ボロボロの鈴村と及川の代わりに戦おうと決意した直後、今にも海東にトドメを刺そうと笑っている岩熊の背後に表れた何者かが、岩熊をその場から弾き飛ばしたのである。
岩熊は叫び声を上げながら吹き飛んでいき瓦礫に激突した。
そして、それを成した人物を見て、鈴村たちが声を上げる。
「「――井狩さんっ!?」」
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