第36話

「いい加減にしろ! 少しは冷静になれ! お前は一人じゃないんだぞ! 何のために俺たちがここにいるんだ!」


 及川の叱責が飛び、ハッとなった鈴村が仲間たちの方へ視線を向ける。そして、ゆっくりと深呼吸をすると、幾分か表情が和らいだ。


「……悪いね。少し頭に血が上ってたみたい。助かったよ、及川」

「ったく、お前といい海東といい、世話を焼かせてくれる」


 及川は言葉はきついが、やはり仲間を大切に想う気持ちを持っている。それは先ほどから、拘束されて身動きを奪われている海東をチラチラ見ていることからも窺える。


「おいおい、こっちは楽しく遊んでんだぜ。水を差すなんて野暮するんじゃねえよ、色男さんよぉ」


 若干不満気に肩を竦める岩熊に対し、及川は睨みつけながら口を開く。


「どうやらお前は女性の扱い方も知らないらしいな。もっとも、奪うことしかできない愚か者に常識やマナーを求めたところで無意味だろうがな」

「あん? 言ってくれるじゃねえか、先に殺してやろうか?」

「できるものならやってみろ。俺はそこの海東のように甘くはないぞ」


 そう言いながら及川が、いつの間にか手にしていた顔ほどに大きな水晶玉を天に掲げる。


「い、岩熊さん! う、上を! 上を見てください!」


 そう注意を促したのは、先ほどまでニヤニヤして高みの見物をしていた岩熊の仲間の一人だ。

 彼の言に従って、岩熊だけでなく全員が頭上を見上げる。


 するとそこには――幾つもの球体が浮かんでいた。


「敵を穿て――《水礫アクアバレット》」


 及川が、静かにそう呟いた直後、球体が突然大地に向かって弾丸のように落下してきた。

 反射的に鈴村たちが身を竦めるが、その球体が向かったのは岩熊とその仲間たちだけ。


 まるで銃に撃たれたかのように、次々と呻き声を上げて地に倒れていく【ブラックハウス】の連中。中にはかわしたり、武器で弾いたりする者もいるが、咄嗟のことにほとんどものは虚を突かれて沈んだ。


(なるほど、どうやら及川は『水の勇者』だったみたいだな)


 それまで一緒に仕事をしたことがなかったので、彼がスキルを使うところは見たことがなかった。あの井狩に単独行動を許されているくらいだから、相応の力を持っていると思ったが、納得のいく能力である。


 前衛職でもある鈴村や岩熊たちのとは違って、応用力の高い『属性勇者』。特に水は汎用性も非常に高く、攻撃にも防御、また支援にもなるため重宝できる。

 恐らく及川は、岩熊たちが鈴村との戦いに意識を奪われている間に、こっそりとスキルを準備していたのだろう。


 見れば何十人といた【ブラックハウス】のメンバーも、そこそこ削ることができていた。その光景を見た岩熊が不愉快そうに舌打ちをする。


「……この程度の攻撃で情けねえ奴らだ」


 及川の攻撃は岩熊にも命中したが、やはりダメージには至っていない様子。ただ、岩熊は、あっさり倒れている仲間たちの不甲斐なさに呆れているようだが。


「にしてもやるじゃねえか、水使いってのは俺の部下にもいなかった。どうだ、俺の下につけば人生楽しくしてやるが?」

「寝ぼけたことを言う。俺が従うのは【アンダーガイア】の井狩兵庫だけだ」


 本当に井狩は人望がある。これほどの人物にも慕われているとは見事なカリスマ力だ。


「クク、バカな奴め。ならその判断が間違ってることを知らしめてやる。てめえらを全員ぶっ殺してなぁ!」


 瞬間、岩熊から膨れ上がる殺意。今度こそ全力で殺しにくるという気迫に押されてか、鈴村と及川以外の仲間が身を固めてしまう。その隙を突いてか、岩熊が自分の仲間たちに向かって言い放つ。


「女以外、全員殺せぇぇぇっ!」


 先ほどの攻撃を切り抜けた強者たちが、一斉に【アンダーガイア】のメンバーへと襲い掛かってきた。

 当然黙ってやられるわけにはいかず、及川たちも応戦するが、十束はさらにその隙を突いて身を隠すことに成功する。


 その際に使ったのは当然自在界入である。位相をずらし、瓦礫の中に身を潜ませ、全員から姿を隠しながら、綿本たちが集められている場所まで向かう。


 そこには綿本たちが逃げないように見張りが二人立っている。そいつらと瓦礫の壁の間に綿本たちは拘束されているのだ。


 綿本一人だけなら、このまま前と同じように彼女だけを連れて瓦礫の中に逃げ込むことはできるが、人数が多くそう上手く事が運ぶとは思えない。


(となると、やっぱり見張りをやるしかねえよな)


 二人だけなら何とかなる。幸い敵の二人は、岩熊たちの戦いに目を奪われているから油断を突ける。


 十束は瓦礫の壁からスッと姿を現し、突然現れた十束に驚いている女性たちの間を縫うようにして走り、目前に立つ警戒度ゼロの敵一人の首に向かって刀を振った。


 敵はこちらに背を向けていたせいで、何も反応することもできずに頭が宙に飛んだ。


「……っ!? な、なななっ!? お前どこか――」


 もう一人の男が、十束の存在に気づくが、臨戦態勢に入る前に、一足飛びで相手の懐へと入り左胸を刀で貫いた。

 二人目もまた、最後まで言葉を発することなく、そのまま絶命してしまう。


 そして、ようやく異常事態に気づいた様子の岩熊が十束を視界に入れてギョッとする。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る