第35話

「グハハ! 何を勘違いしてやがるんだ? 俺がいつコイツらが人質だと言った? いいか、コイツらはいわば戦利品だ。なぁに、安心しろ。お前も、すぐにこの俺の玩具にしてやるよ。奴隷っていう玩具になぁ」


 鈴村の身体を舐め回すように見ながら口角を上げる。


「っ……これだから男って奴は! 岩熊とか言ったね、アンタはこのアタシがここで殺してやるよ!」


 ……無理だ。


 頼りになる姐さん気質の鈴村の気迫に、仲間たちはこぞってやる気に満ちているが、十束は冷静に分析していた。


 というよりも、記憶にある通りの岩熊なら、今の鈴村では勝てない。

何故なら――相性が悪過ぎるからだ。


 鈴村は、頭をやれば勝ちだと踏んだようで、一人前に出ている岩熊に向かって、物凄い速度で詰め寄って、その手に持っているナイフで突き刺そうと腕を伸ばした。

 しかし岩熊は、その場から僅かにも動くことなく、驚くことにそのまま攻撃を身体に受けたのである。ナイフは、服がはだけて見えている彼の左胸に吸い込まれていく。


 ――パキィィィンッ!


 鈴村の攻撃がまともに入り、即座に決着だと思われたが、彼女が持っていたナイフが砕け散ってしまっていた。


「なっ!? どういうことだい!?」


 鈴村も、先手必勝が上手くいったと思っていたのか、目の前の不可思議な現象に困惑している。


「ククク、どうした? 何かしたか、女ぁ?」


 ほんの微細な傷も損なうことなく、岩熊はそこに佇んでいる。

 咄嗟に鈴村は大きくバックステップをして距離を取り舌打ちをした。


「っ……どうやらナイフじゃダメみたいだね。なら――」


 彼女が腰に携えている武器を手に取る。それこそが鈴村の真の武器。彼女が手を動かすと、ヒュンヒュンヒュンと、素早い動きでしなるように武器が動く。


「ほう……鞭使いか。まるで女王様だな、おい」

「そういうこと。これでアンタを調教してやるわ」


 鈴村は『鞭の勇者』である。つまりこれからが本当の戦いではあるのだが、それでも鈴村にとって分が悪いと言わざるを得ない。


「皮膚を剥ぎ、肉を削ぎ、骨を砕いてやるわ! くらいなっ!」


 予測不能な動きで、鞭が鋭い動きで岩熊に襲い掛かっていく。だがそれでも岩熊は依然として浮動を保ったままである。

 強烈な音とともに、鞭が何度も何度も岩熊の身体を叩いていく。一撃の威力はそこまで高くはないが、烈火のような連撃と速度は通常なら脅威でしかない。


 これほど巧みに鞭を操るとは、鈴村もまた努力して培ったものだということを仲間たちは知っている。だから無防備に受けている岩熊が正気だとは思えなかった。

 ただし、岩熊の仲間たちは誰一人として焦っておらず、むしろ楽しそうに笑みを浮かべている。


 そして、ついに鈴村の攻撃の手が止まった。そんな彼女の表情が愕然と歪んでいる。


「そ、そんな……っ!?」


 鈴村が信じられないのも無理はないだろう。何せ、すべての攻撃をまともに浴びせたというのに、目前には無傷の岩熊が立っているのだから。


「あぁ……くすぐったいぞ。マッサージならもう少し強い方が好みだな」


 あれほどの攻撃を、弱いマッサージとしか感じていない様子。鈴村たちが、そんな岩熊を見ながら絶句している間、十束はやはりかと得心していた。


(あの程度の物理攻撃じゃダメージはゼロ。設定通りだな)


 攻撃が効かないなんて信じたくないのか、必死の形相で鈴村が再度鞭を放つが、やはり不動の岩熊には傷一つ付かなかった。

 それと同時に、岩熊の身体が変色している事実も鈴村たちの驚きに加わっている。


 黒々とした色に肌が変わり、そこには鈍い光沢のようなものも見えることで、明らかに何かしらのスキルによるものだろうと皆が息を呑んでいる。 


「っ……アンタ、その身体……何?」

「クク、まだ分からねえか? いいぜ、教えてやるよ。俺は自分の身体を鉄と化すことができる『鉄の勇者』なんだよ。ちなみにこのスキルの名は――《鉄身》。せっかく教えてやったんだから覚えて死んでくれや」


 馬鹿正直に自分の能力を伝えてくるとは、それだけ自信があるのだろう。だが確かに、彼の能力は非常に使い勝手の良いもので、とても強力ではある。 

 自分の身体を鉄化することができるということは、防御力は当然飛躍的に上がるし、さらには――。


「今度はこっちがいくぜっ!」


 突如鈴村に向かって駆け寄り、ボクサーのように鋭いジャブを繰り出す岩熊。しかし鈴村もその身軽さでかわし距離を取ろる。


 ただ身体に似合わず、素早い動きで鈴村に詰め寄りながら連撃を放つ岩熊に対し、徐々に追い詰められ、鈴村は知らず知らずに瓦礫を背にしてしまっていた。


「おらぁぁぁっ!」


 黒々と彩る拳が鈴村に迫るが、彼女もまた何とか身体をよじって紙一重にかわすことに成功するのだが、鈴村の拳がその先にある瓦礫を見事に粉砕して皆の度肝を抜く。


 そう。今のように圧倒的な防御力は、そのまま無類の攻撃力にもなる。何せ攻撃の反動が極めて低いのだから、常に全力で攻撃を振るうことができる。鉄の塊を振り回しているのと同義なのだ。


「おーおー、なかなか素早いじゃねえか、なあ」


 まだ遊んでいる様子の岩熊に対し、肩で息をしている鈴村。彼女の攻撃力では、あの鉄のボディを切り裂くことはできないだろう。だから相性が悪いと思ったのだ。

 しかも、あの身体での素早い動きのため、鈴村が勝るものが何一つとしてないのである。


(確か岩熊は元ボクサーだったって設定だったはず。しかも世界ランカーで、反則を繰り返して資格を剥奪されたんだったな)


 だから見た目以上に洗練された動きができるのだ。ただ突然力を持った素人ではなく、武を嗜む無法者であり厄介極まりない存在なのである。


「鈴村、ここは一旦引け! お前一人じゃ勝ち目はない!」


 そう忠告するのは及川だ。


「っ……冗談じゃない。あのクソ野郎みたいに、力ですべてを支配しようとしてる奴に背中なんて向けられないわよ! 特に女を道具みたいに思ってる野郎になんかねっ!」


 それでも負けん気の強い鈴村は、歯を食いしばりながらも逃げることはしない。さすがは男でさえも頼りにする姐さん気質の持ち主だ。しかし現状はいかんともしがたい実力差があるのも確か。このままでは敗北を喫するのも目に見えている。


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