第34話

 新参の『勇者』たちの訓練レベリングのために、海東が教育者となって彼らを引率して、外でモンスターを狩っていた時に、【ブラックハウス】と名乗る者たちの襲撃を受けたという。


 奇襲に加え、海東以外は戦闘経験不足ということもあり、大打撃を受けてしまったらしい。そこにちょうど及川が居合わせ、ともに戦おうとしたが、海東が「それよりも井狩さんに増援を!」と頼み込み、及川はそれを聞き届け戻ってきたとのこと。


 その情報を受け取り、すぐに井狩は鈴村たち増援を送ることにした。そして当然ながら、手すきの十束にも要請してきたのだが……。


「一つ、君に詫びねばならないことがあるんだ」


 険しい表情で言う井狩に一抹の不安を感じた。


「実はね……今回の訓練に、彼女――綿本さんも参加していたんだよ」


 一瞬、彼が何を言ったのか理解できずに思考が止まった。


「え……わ、綿本さんは『勇者』じゃないですよ?」


 そう、彼女が訓練に参加するわけがないのだ。もちろん『民』でも参加は自由ではあるが、戦う意欲があり、ある程度の戦闘センスがなければ、『勇者』と混じっての訓練はキツ過ぎる。悪いが、そのどちらも彼女に備わっているとは思えない。


「勘違いしないでくれ。参加といっても、運び屋としての役目だよ」

「! ……そういうことでしたか」


 運び屋。それは『民』でも取得できるスキルを活用した仕事の一つだった。

 『勇者』なら誰もが最初に所持しているスキル――《袋》をSPを使って会得させ、それを活用してもらうのである。


 そうすれば手ぶらでも、数多くの物資を持ち運べることができる。それに『民』としても便利なスキルなので、レベルを上げて取得するには何の文句も出なかった。

 そしてこの〝ベース〟の役に立つためにも、彼らも積極的に『勇者』の手伝いをすることになったのだ。


 とはいっても、そう井狩が皆を誘導した結果だ。自分たちも役に立つ仕事ができるということで、『民』が強い劣等感を抱きにくくする配慮である。


「彼女は調理係を担ってもらっているし、危険なことは避けた方が良いと言ったのだが、どうしても手伝いたいと言われてね。君には黙っていてほしいと……すまない」

「い、いえ……それが彼女が望んだことでしたら別に……」


 わざわざ十束に報告する義務もないし、綿本の人生なのだから好きにすればいい。だが、何故自分には黙っていてほしいと井狩に伝えたのかは気になるが。

 そんな十束の思いを、表情から察したのか井狩が口を開く。


「恐らく、少しでも成長した姿を君に見せたかったのだろうな」

「え……俺に、ですか?」

「君はどうやらあの子にとって王子様みたいだからね」

「王子様って……」


 そんなキラキラとした存在なんて有り得ない。確かに命の恩人かもしれないが、助けたのも本当に偶然居合わせただけだし、身体が勝手に動いただけの話だ。


「とにかく綿本さんは、今回の事件に巻き込まれてしまっている。どうか、彼女を救出するためにも力を貸してほしい。この通りだ」


 丁寧に頭を下げてくる井狩。


「……頭を上げてください。俺はこの〝ベース〟で世話になってるんです。できる限り尽力するつもりですから」

「ありがたい。ではさっそくだが、増援に向かってくれるかい?」

「井狩さんは?」

「私も行きたいところだが、もし今回の襲撃が囮だとしたら、ここを手薄にするのはマズイ気がする」

「なるほど……一理ありますね。相手は悪党の塊ですし。分かりました、海東さんや綿本さんたちは全力で助けます」

「ああ、頼んだよ」


 そうして、十束は増援部隊のリーダーを担う鈴村と幹部の及川、そして数人に『勇者』を引き攣れて、海東たちがいるであろう訓練場所へと向かった。

 だがそこで見た光景に皆が言葉を失ってしまう。


 仲間たちが無残にも血だらけで横たわっており、数人に組み伏せられたボロボロの海東だけが、まだ抵抗していたのだ。

 また、若い女性たちは拘束されて身動きを奪われてしまっている。


(せっかく増えた戦力がこれでまた……)


 新参者とはいえ、鍛えれば立派な戦力になったであろう『勇者』たちの死に、十束もまた残念に思った。

 女性たちが無事なのは、男が多い【ブラックハウス】にとって快感を得るために必要だからだろう。そしてその中には綿本もいた。

 その表情は絶望に彩られ、今にも崩れ落ちそうだ。


「アンタら! よくも仲間をやってくれたねっ! 生きて帰れると思うんじゃないよっ!」


 現状に怒りを覚えた鈴村が吠える。だが……。


「ククク、威勢がいい女は嫌いじゃねえぜ?」


 目前にいる【ブラックハウス】の連中の中から、一際身体の大きな男が現れる。その男を見て、十束は記憶にある風貌と相違ないことから何者か理解した。


「アンタが【ブラックハウス】のリーダーかい?」


 鈴村が殺意バリバリの視線をぶつけながら男に問い質した。


「ああ、そうだ。この俺が【ブラックハウス】を束ねる――岩熊だ」


 十束の記憶が確かなら、フルネームで岩熊豪。名は体を表すといったように、二メートル越えというプロレスラー顔負けの巨躯と凄まじい存在感の持ち主である。

 先日戦った小磯も体格に恵まれていたが、それよりも一回り以上も大きい。まるで本物の熊みたいな威圧感すら覚える。並みの者なら、対峙するだけで腰が引けるかもしれない。


「フン、図体はデカイけど、器は小っちゃいみたいだね」

「あん?」

「女を人質にしなけりゃ戦えないんでしょ? どうせ海東たちもそうやって脅して倒したに違いないわ!」


 そう言いながら、鈴村が拘束された女性たちを指差す。



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