第32話

 海東と一緒に井狩のもとへ向かった十束だが、井狩が十束を呼び寄せた理由は、何てことはない。もう一度ちゃんと礼をしたいということだった。

 てっきりまた働かせられるのではと危惧したが、さすがにそこまでブラック企業ではなかったようだ。

 二人きりで話したいことがあると言うので、十束は井狩とともに外へ出る。


「外に出ても大丈夫なんですか?」

「問題ないよ。ここらのモンスターの生息エリアは把握しているし、鬼だけに注意すればね。それに目的地はすぐそこだから」


 そう言う彼の後を黙ってついていく。

 路地を抜けた先、そこは景色を一望できる場所だった。どうやらここは高台になっていて、目の前には広大なジャングルが広がっている。


「……飲むかい? まあ、白湯だがね」


 井狩が水筒を差し出してくる。十束は「今はいいです」と言って拒否した。

 代わりに井狩が、水筒の蓋に白湯を入れて飲み始める。


「ん……はぁ。あったまるねぇ」

「……あの、何で俺をここに?」


 理由が分からない。礼を言いたいだけだと思っていたが、やはり何か面倒な頼み事でもしてくるのだろうかと訝しんでしまう。


「もうすぐだよ。……ほら、見えた」


 井狩が促す視線の先には、思わず感嘆するほどの光景があった。

 遥か先にまで伸びている木々に沈んでいく太陽。それは空を燃やすように輝き、周囲を夕色に染め上げている。


「うわ……すげ」


 無意識に零れた本音。それほどまでに、目前に映し出された景色は美しかった。

 これまでこんなにも綺麗で雄大な夕日を見たことがあっただろうか。高校生の時、修学旅行で行った瀬戸内海で見た夕日も綺麗だったが、アレとはまた別な輝きに感じた。


 まるで世界の終わりを照らす唯一の光のように、寂しくなるような、泣きたくなるような、でもちょっと懐かしい、そんな感覚が十束の魂を震わせる。


「素晴らしいだろう? 世界が終末を迎えたとしても、いや、迎えたからこそ、この光景が生まれたのかもしれないね。前の世界……大都会の中では決して見られない景色だ」

「終末のお蔭、ですか?」

「人の営みが失われた世界を照らす光。そんな中で必死に生きるからこそ、あの暖かな輝きがより美しく感じる。何故なら、あの光は生命の輝きそのものだからね。人は強い光に集まってくる。そう思わないかね?」


 何だかそう言われると、夜の街灯に群がる虫みたいだが……。


「えっと、何が言いたいので?」

「私はね、強い光になりたいんだよ。皆を照らす光になって、絶望に打ちひしがれる者たちを救いたい。……偽善的、あるいは傲慢だと思うかい?」

「……いえ、立派な考えかと」


 実際本当にそう思えるのなら大したものだろう。十束は他人のために、そこまでの想いを持つことはできない。


「君も、いつか誰かの太陽になるかもしれないね」

「は? ……はは、そんな大げさなものになれないし、なるつもりもないですよ」

「……そうかい」


 太陽というのは、闇を照らし道を指し示す光だ。そんな壮大な存在になれるわけがない。十束は、自分の器を把握している。

 本来なら『勇者』なんていう肩書すら背負えないほどちっぽけな存在だ。こうして生きていられるのも、ゲーム開発者としての知識があるからだけ。


 勇敢なる者――それが『勇者』ならば、十束は間違いなくソレではないし、ただの『民』というのが適当であろう。

 実際に最初のガチャでは『民』を引き当てていたのだ。それが何も知らなかった時の十束の運命だ。


 そんな矮小な器しか持たない自分が、誰かの太陽なんてものになれるわけがない。たとえなれるとしても、そんな大きな責任を背負いたくもない。


(期待なんて……しんどいだけだしな)


 する方もされる方も。

 きっとその考えは、十束が受けてきた教育の賜物だ。親への期待はすべて裏切られ、親からまったくもって期待されなかった人生。それが今の十束を形作っているのである。


「……いつか、君にも分かる時がくるよ」


 井狩が、十束の肩をポンと叩くと、「戻ろうか」と言って、〝ベース〟方面へ歩き出した。

 そして、彼に聞きたいことがあることを思い出し、十束は口を開く。


「もしここが山頂なら、もっと綺麗な光景なんでしょうね。できれば一度くらい、日本一高い富士山の頂上で朝日や夕日を見てみたいですね」

「はは、何言ってるんだい。日本一高い山といえば――――【富士美山】だろ?」







 ――五日後。


 慌ただしい【アンダーガイア】での初日から、比較的穏やかな日々が過ぎた。あれから食料調達部隊として、ちょこちょこ狩場に出かけてはモンスターを狩った。

 もしかしたら追い出した【ブラックハウス】との再戦があるかもと危惧はしていたが、喜ばしいことに予想は外れ、不必要な戦闘をせずに目的を達成していった。


 そして、本日も狩場にてモンスターを討伐している。


「よし、またレベルが上がったな」


 とはいっても、ここらのモンスターの経験値では、なかなかレベリングも難しくなってきた。何せ、モンスターのレベルは高くても一桁から上はいかない。それに比べて、十束はすでに10レベルに達している。


 瀬戸たちがやっていたように、人間を狩ればレベルも上げやすいが、そんな選択を今のところ選ぶつもりはない。

 だからレベルを上げるには、かなり多数のモンスターを討伐しなければならない。RPGをやっている人なら分かるだろうが、序盤のスライムやゴブリンでレベリングするようなものだから。しかし――だ。



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サキヤマ トツカ  Lv:18  NEXT EXP:3001


HP:228/228    BP:360   SP:30

ATK:C       DEF:C++    RES:B- 

AGI:B       HIT:C--    LUK:A



スキル:《地図》・《袋》・《極・取得SP倍加》・《極・経験値倍加》・

    《極・ドロップ率倍加》・《極・ステータス強化》・《極・鑑定》・

《極・異常耐性》・《極・探知》

Bスキル:《自在界入》

称号:界の勇者

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