第30話

「えっ!? 咲山さん! 大丈夫ですか!? もしかしてどこか怪我でも!?」


 十束が突然崩れ落ちたので、心配して綿本が飛び出してきたようだ。


「あ、ああ……問題ねえ、ただ……ちょっとショックなことがあっただけで……な」

「そ、そうなんですね。てっきり怪我でも負ったのかと……」


 まあ心に深い傷が入ったのは間違いないが。

 十束は項垂れつつも、立ち上がってシステム画面を見つめる。


(はぁ……せっかく作った裏技も無意味なのかぁ)


 意気消沈しながらも、何とか網の目を抜けるような方法がないか、諦めずに模索していると、あるアイデアが思いつく。


(……待てよ! 確か設定で音声認識システムで遊べるモードもあったよな?)


 ゲームの仕様をカスタムできる画面で、SEとかカメラの動きや、セリフの速度など、今のゲームでは当たり前の環境設定ができる。

 その中で、これもまた社長の遊び心で、『ブレイブ・ビリオン』専用のマイクを購入したユーザーだけに許された音声認識システムを使い、技名を口にするだけで発動したりできたのだ。


 ただ、いろいろ詰め込み過ぎた結果、処理が重くなってしまい、普通にコマンド入力する発動と、音声発動とでは、明らかに音声発動の方がタイムラグが出た。


 発売日までに修正するには難しいということで、マイク発売は延期とし、発売してから後々にアップデートで音声認識システムを導入し、本格仕様にしてマイク販売をするということになっていたのだ。


 しかし、ソフト内部には一応音声認識システムの仮版として設置はしておいた。カスタム画面にはアップデートされるまでは記載されないが、内部には記録されているのである。


(それに、今は実際にスキルを使用したりする時は声に出したりするしな)


 時に技として発動する時は、だ。

 つまりそれは音声認識システムが作用しているということではなかろうか。


 ……試してみる価値はある。


 そう判断した十束は、再びスキルツリー画面を凝視した。

 そして――。


「上、右、上……」

「上? 右? 何もありませんよ、咲山さん?」


 そうだ。ここには彼女がいることも忘れてはならなかった。

 正直今のところは、誰にも裏技を教えるつもりはないので、これから行うことを見られるのは困る。


「あーちょっと休憩しようと思ってな。だから周囲にモンスターの気配がないか確認してたんだよ」

「あ、なるほど。じゃあ私はどうすればいいでしょうか?」

「そうだな……この茂みの中なら安全そうだし、少しここに隠れていてくれるか?」


 すると、不安気に「咲山さんは?」と尋ねてくる。無理もない。モンスターの気配が無いとはいえ、ここに置いてけぼりにされるのは怖いだろう。


「安心しろ。ちょっとこの木に登って、上から周りを確認するだけだから。何かあってもすぐに降りてこられるしな」

「……分かりました」


 彼女には悪いが、今は早く自分の考えが立証できるか試してみたいのだ。

 綿本が茂みに身を潜ませると、十束は、その傍に立つ木を登り始めた。大体高さは五メートルほどだろうか。枝の上に立ち下を見ると、綿本が心細そうに見上げている。


(なるべく早くやって下に降りてやるか)


 そう決めた十束は、再度スキルツリー画面を表示し、下にいる綿本に聞こえない程度で呟き始める。


「上、右、上、X、L、下、Y、Y、R、START」


 コントローラーの十字キーと、それぞれのボタンを、そして最後にスタートボタンを押すので、その名を間違わずに素早く口にした。


 すると――スキルツリーの五つのジャンルの他に、もう一つ〝秘密の選択肢(シークレット・ジャンル)〟が現れた。


(よ、よっしゃ! 成功だ!)


 つい嬉しさでガッツポーズを作ってしまう。


 この隠されていたジャンルこそ――〝極意系〟。


 その名の通り、スキルの極意。他の五つのジャンルにおいて、究極レベルのスキルを会得することが可能になるのだ。


 例を挙げるとすると、ステータス系に《経験値倍加》というスキルがあるが、これは戦闘で得られる経験値が1.3倍化するもの。また、これの上位互換で《優・経験値倍加》や《超・経験値倍加》が存在するが、最終的に取得できる《超・経験値倍加》でも、得られる経験値は二倍止まりである。


 だが、〝極意系〟には《極・経験値倍加》というのが存在するのだ。これは驚愕することに、その効果は絶大で――〝取得経験値10倍〟。

 よくRPGには、二週目、三週目プレイ時に、強くてニューゲームの特典として付与されるような、プレイヤーにとって最高で最強の設定を得ることができるのだ。


 ただし、この〝極意系〟のどれもが、最低でも30SPを消費しなければ獲得できず、だからこそ十束は、これまで通常スキルを得るのを我慢して貯蓄に回してきたわけだ。

 すべては、最速で〝極意系スキル〟をゲットするために。


(それじゃさっそく、このスキルをもらう!)


 十束が選んだスキルは――――《極・取得SP倍加》。


 基本的に1レベルを上げると、20レベルまでは一回で〝3〟ずつもらえる。次、40レベルまでは〝4〟。60レベルまで〝5〟といった感じで、20レベル刻みで取得SPが1ずつ増えていく。

 SP倍加系のスキルをゲットしなければ、カンストとして設定されている100レベルまでに所得できるSPは、全部で――500。


 正直なところ、500SPだけでは未取得になるスキルは山ほど残る。

 有能なスキルほど、消費SPが多いからだ。しかも、スキルの量も百を優に超える数が存在する。とてもではないが、普通にプレイしてはコンプリートはできない。


 だからこのゲームも、二週目、三週目プレイすることで、得点として前週に取得したスキルを持ち越せるようになっているが、一週目でスキルコンプリートする方法も存在する。

 それが十束の設定した裏技だ。これを駆使することで手に入る《極・取得SP倍加》。


 これも先ほど説明した経験値十倍と同じく、レベルアップすることで獲得することができるSPが十倍加するのである。

 これならば、20レベルまででも、一回のレベルアップで〝30〟という恐ろしいほどのSP量を得ることができるのだ。


(この世界で一週目、二週目があるとは限らんしな。真っ先にこれを手に入れときたかった)


 このゲームに置いて、やはり一番の肝はスキルツリーだ。ここでどのようなスキルを選択するかによって攻略難易度が大きく変わってくる。ガチャと違い、ここだけは自分の意思で選べるので、ゲーマーなら一番に気を入れるところだろう。


(どんなプレイスタイルをするかによっても変わるしな)


 積極的に戦闘を楽しみたい、ダンジョンや広大なフィールドをくまなく探索したい、〝ベース〟制作に勤しみたいなど、プレイヤーにとって遊び方は異なるはず。

 どんな遊び方でも楽しんでもらえるように、数多くのスキルを設定したのだ。


(俺は、できればすべてのプレイスタイルを楽しみたい)


 せっかく夢の世界に飛び込んだのだから。だからこそ何よりも早く、数多くのスキルをゲットできる、このスキル取得に全力を注いだのである。

 そうして、逸る気持ちを抑えながら、念願の《極・取得SP倍加》を獲得した。次のレベルアップが待ち遠しい。


「――咲山さん!」


 下からボリュームを潜めながらも、焦りを含ませた声音が飛んできた。

 見ると、綿本が茂みの中から、ある方向へ指を差しているのを確認する。

 その先には、先ほど倒したキャロットンが複数、こちらに向かって進んでいることが分かった。


「よっしゃ、さっそく俺の経験値になってもらうぞ」


 十束は笑みを浮かべる。最早、モンスターの存在そのものがSPにしか見えなかった。

 そのまま枝を駆け、まだこちらに気づいていないキャロットンに向けて飛び降りたのだった。




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