第25話

「……一つ聞いてもいいか?」

「あ、はい。何でしょうか?」

「これからどうするつもりだ?」

「これから……っ」


 下唇を噛み締めて身体を震わせている。


「さっきもそうだったが、一人でこんな場所にいるのはオススメできねえよ」

「さっき……」

「ああいう連中が襲ってきたりもするしな」


 十束が小磯たちに視線を促すと、少女もようやくそこに事切れた男たちがいることに気づいて真っ青になる。


「え、血が……し、死んで……ま、まさか!?」

「ああ、そうだ。俺が殺した」


 目の前には殺人を犯した人間がいる。その事実に、明らかに少女は恐怖していた。


「だが、そうしなければ俺や……お前が逆にああなっていたぞ」

「……え?」

「こんな世界になっちまって、気を付けないといけないのはモンスターだけじゃねえってことだ」


 十束は、何故今この場にいるのかを掻い摘んで教えた。


「そんな……人同士で争うなんて……!」

「まあそう思うのも無理はねえ。けどな、人類の歴史は奪い合いの歴史だぞ。縄文時代から弥生時代になり、農耕が広がり始めると、豊かな土地を人々は奪い合ってきた。当然殺し合いもあった。そして前の世界でも、普通に戦争もあっただろ? 領土、宗教、文化……色々理由はあるものの、人が争う理由は、昔から変わってねえよ」


 小磯たちと争っていたのも、狩場――つまり領土を奪い合うために発展したもの。


「今も俺の仲間が、生きるために戦ってる。こういう連中とな」

「で、でも……話し合いとかで……!」

「当然、こっちのリーダーは交渉したさ。なるべく穏便に事を運びたかった。だが、相手は問答無用で殺しにきた。殺さなければこっちが殺される。お前ならどうした?」

「それは…………分かりません」


 普通に生活してきたであろう女子高生に対して、現実味のない質問だったかもしれない。


「最早この世界はサバイバルだ。生きるためには強さがいる。お前は生きたいか、死にたいか、どっちだ?」

「わ、私は……」


 できれば生きると選んでほしい。せっかく危険を冒してまで助けたのだから。だが、もしここで死を選ぶとしたら、それもまた一つの選択肢だろう。

 ここに一人で残るということは、恐らく死を意味する。これまで生き抜けてきたのは、単に運が良かったから。その運がいつまで続くとは思えない。


「……私は……両親に会いたい……です」

「じゃあ、ここで一人で待ってるのか?」


 瘦せ細っている彼女。多分だが、これまでまともな食事もしてこなかったのだろう。モンスターとも戦った様子もない。飢えや渇きで死ぬことも十分考えられる。


「……だったら……どうすれば……いいんですか? 私だって……ここが危険だってことは分かります。でも……私には他に頼れるところなんて……!」


 嗚咽し感情を爆発させてしまった。


「あーいや、その、悪い! 困らせるつもりはねえんだよ。ただその……」


 女に泣かれるのは正直困る。ただでさえ女性の扱いは慣れていないのだ。こんな時、どんな言葉をかけると女性が喜ぶなんて分からない。


「えっと……一緒に来ないか?」

「……え?」

「あーと、さっきも軽く伝えたけどな、リーダーが募ってるコミュニティがあるんだ。そこはここらでいえば安全度は一番高い。ここからもそう遠くないし、もし両親がここへ戻ってきたら、すぐに対応することもできると思うぞ」

「……本当……ですか?」

「ああ、それにリーダーは仲間思いだ。きっと力になってくれる。そこにいれば衣食住を気にすることもないしな」


 十束の言葉に、どこかホッとしたような顔つきを浮かべる少女。どうやら決心はついたようだ。彼女は、後ろ髪を引かれるような感じで「よろしくお願いします」と一礼した。


「あ、でも……今、そのリーダーさんは戦っているんですよね?」

「ん、多分大丈夫だと思うぞ。コイツらも強かったけど、そのリーダーの方が強いだろうしな」


 実際戦ったところは見たことはないが、将来の大コミュニティの長なのだから、こんなところで死ぬようなことはないだろう。

 ただ、問題はここに来た目的を達せられるかどうか、だ。


「とりあえず、俺に任された任務は終えた。お前……あー名前を聞いてもいいか?」

「は、はい! 私は綿本千読です! 木綿の綿に、本物の本と書いて綿本です! あ、あと、一、十、百、千の千に、読むって書いて千読って読みます!」

「はは、ずいぶんと分かりやすいな。綿本、だな。俺は咲山十束だ。花咲く山に十束って書く」

「咲山十束さん……かっこいいお名前だと思います!」

「そんなこと言われたの初めてだぞ。ま、ありがとな」


 変わった名前とは言われた記憶はあるが、かっこいいと言ってくれたのはこの子と、同じ会社で働いていた後輩くらいだ。


(そういやアイツ……もこっちに来てんのかねぇ。もし来てんなら、無事だったらいいけど)


 そいつも十束と同じように、幼い頃からゲーム好きで、それが高じてクリエイターを目指した。とはいっても、彼女の仕事は主にキャラクターデザインではあったが。

 ただ、部署は違えど、聞けば同じ高校の後輩でもあったらしく、何となく馬が合って、他の連中と比べると会話をした回数は多い。


 思えば、会社の中で数少ない信頼できる人物の一人でもあった。もしも、こちらの世界に飛ばされているのなら、できれば無事でいてほしいと願う。


「おっと、そうだ。見たところ、ここ数日まともな食事もしてねえだろ?」


 十束の問いに、無意識か、綿本は自身の腹部に手を当てて、コクンと項垂れるようにして俯いた。


「なら、これを食っとけ」


 そう言いながら、十束は《袋》からペットボトルに入った茶と、おにぎり二個を差し出した。


「え……!? あ……その、いいんでしょうか?」

「いいから食えって。腹、減ってるだろ?」


 食料を、ジッと見ていた綿本が喉を鳴らす。そして、「ありがとうございます」と言って受け取り、まずは茶を勢いよく呷った。余程喉も乾いていたようだ。これは二本目を用意してやった方が良さそうと判断し、もう一本取り出しておく。

 おにぎりを口にしながら、涙を流している様子を見て、本当に限界だったことが窺える。


 おにぎりだけでなく、二本目の茶も飲み干すと、綿本の顔色は明らかに良くなっていた。先ほどまでは血色も悪く、今にも倒れそうだったから。


「はは、美味そうに食ってたな」

「っ……そ、その……カッコ悪いところをすみません……です」


 がっついていた姿を見られたことが恥ずかしいようで、頬を紅く染め上げていた。


「気にすんな。腹減ってたら普通だ。んじゃ、さっさとこっから移動するぞ。いつまでもここにいると……ほれ」


 十束が指を差した先には、ゴブリンが数体こちらに向かって歩いているのが見えた。

 先ほどの戦闘や瓦礫が崩れた音で寄ってきたのかもしれない。


 ここにいれば、必要のない戦闘が勃発しそうなので、十束たちは急いでその場を離れることにした。



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