第26話

 できるだけモンスターに遭遇しないような道を選びながら、井狩たちがいるであろうジャングルの手前まで戻ってきた。


 すると――。


「ぐっ……くそぉ……っ!? 何だよてめえらはぁぁぁっ!」


 そこには、体中に傷を負った【ブラックハウス】の一人がいた。片膝をつきながら、物凄い形相で、目の前にいる井狩を睨みつけている。

 対して井狩は、涼し気な表情で彼を見つめていた。


「お、どうやらもう終わりそうだな」

「えっと……あの方たちがお仲間さんなのでしょうか?」


 物陰から様子を窺っていると、傍にいる綿本が、そう尋ねてきた。


「ああ、やっぱりリーダーは強えな。あ、あの眼鏡の人な」


 井狩の周りで同じように戦闘している海東たちも、無傷とは言わないが、どうやら優勢で【ブラックハウス】のメンバーたちを圧していた。何人か血を流して身動き一つしていないということは、殺された人物もいるようだ。しかし、幸いにもこっちには死人は出ていないらしい。


(思った以上に海東たちは強かったな)


 二対一でも優勢に戦えるほどの実力を全員が持っていることに驚いた。さすがは井狩が頼りにしている『勇者』たちといったところか。


「こ、こうなったら逃げるしかねえ! こんなとこで死ぬわけにはいかねえんだよ!」


 井狩に追い詰められている男が、歯を食いしばり立ち上がる。すでに勝敗は決しており、これ以上は戦うつもりがないようだ。


「てめえら、覚えてろよ! 必ずこの借りは返してやる! へへ……海座うみくらさんに歯向かった連中がどうなるか、楽しみだぜ!」


 それだけを言うと、男は踵を返して走り出した。まだ息のある仲間を放置して、だ。


(海座……か)


 その名に聞き覚えがあった。ゲームでも【ブラックハウス】のマスターだったから。


「おい、待ちやがれ!」

「追わないでいいよ、海東君。それよりも残された彼らの拘束と、仲間の手当てを優先するんだ」

「井狩さん……っ、了解だ」


 息はあるが、身動きができない敵を拘束し、怪我をした仲間の介抱を始める海東たち。

 戦闘が終了したことを確認してから、十束も姿を見せた。


「ん? おお、咲山じゃねえか! 無事だったんだな!」


 海東が十束の登場に顔を綻ばせる。その声に、井狩たちも気づいたようだ。


「気にはなっていたが、良かったよ咲山くん。君も無事で。……それで、彼女は?」


 近づきながら話しかけてきた井狩に、ソワソワしている綿本のことを説明した。


「――そうか。綿本さん、だったね?」

「は、はい!」

「私は【アンダーガイア】という〝ベース〟の管理人をさせてもらっている井狩兵庫だよ」


 先ほどまで戦闘オーラを放出し、とてつもない威圧感だった男はそこにはおらず、ただただ穏やかな紳士然としている。


「よく今まで頑張って生きてきたね。大丈夫。これからはみんな一緒だ。何か困ったら躊躇わずに頼ってくるんだよ」


 優し気な井狩の言葉に、強張っていた表情を緩める綿本。彼女も、彼が良い人だということを察したのだろう、「よ、よろしくお願いします」と口にした。ただ、まだ信用度が低いようで、十束の背後に立って、十束の服の裾をキュッと握っている。


「井狩さん、これからどうしますか?」


 そう言いながら近づいてきた及川に、井狩が少し考え事をしたのちに答える。


「当初の目的通り、ここで食材を確保するんだ」

「ですが、予定外のバトルのせいで、皆も体力を消耗しているでしょう。それに、奴らをこのまま放置していて構わないのでしょうか? 逃げた奴が、また仲間を集めてリベンジしてくる可能性が高いですが」


 及川の言い分も最もだ。勝利したとはいえ、井狩以外は無傷というわけではない。怪我もしているし、体力だって消耗しているだろう。

 また、さっき逃げた奴が、今度は『ベースマスター』を連れて襲撃してくるかもしれない。より人数を連れて。そうなれば、次こそこちらが敗北してしまうだろう。


「ああ、君の懸念も分かる。だから速やかに、できるだけ大量の食材を確保しよう。拘束した連中はそのままにしていていい。今は関わっている時間すら惜しいからね」

「なるほど。分かりました。ではそのように皆に伝えます」


 納得気に頷いた及川が、海東たちへと声をかけに行った。


「井狩さん、こうしている時間ももったいないから、俺は先に狩場へ向かっていいですか?」

「咲山くん?」

「安心してください。一人でも、大丈夫ですから」


 事実、ここの〝グルメエリア〟に生息しているモンスターは把握済みだ。今の強さがあれば、問題なく攻略することができる。


「……そうだね。見たところ無傷で対人戦闘を行える力を持っているようだし。モンスター相手にだって信用できそうだ。しかし……」


 彼の視線が綿本へと向く。そういえば彼女の存在を忘れていた。


「あー……綿本、ここに残れるか?」


 十束の問いに、ブルブルと頭を震わせる。まだ信用できていない様子だから無理もない。十束に対しては一応の実績があるから、井狩たちよりも信が置けるのだろう。


「……しょうがねえか。井狩さん、彼女は連れていきます」

「え? ……彼女は戦えるのかい?」


 見た感じ劇的に弱そうだ。『民』……の可能性が十二分にある。つまり、普通に考えれ足手纏いになってしまう。


「こうして連れてきたのは俺ですから、俺が面倒をみますよ。それに、俺たちがどんな仕事をしているのか、その目で確かめた方が、今後の彼女のためにもなるでしょうし」

「なるほど…危険だが、君が傍にいるなら安心かもしれないね。ただし、手に余る事態が起こったらすぐに離脱するんだよ。何よりも命を大事に……って、【ブラックハウス】と戦わせた私が言えるセリフではないか」


 その通りなのだが、自覚しているだけ彼はマシだろう。それでも心から仲間の無事を願っている気持ちも伝わってきているので、十束には思うところはなかった。

 そうして井狩の了承を得て、十束は綿本を引き連れジャングルの中へと足を踏み入れることになった。




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