第24話

 刀を引くと、その感触とともに血が流れ出てくる。その感覚に、思わず吐き気を催すが、十束は必死に耐えながら、瀬戸から距離を取った。

 小磯と同じく心臓を貫かれた瀬戸は、その場で両膝をつくと、そのまま前のめりに倒れた。


「はあはあはあ……ふぅぅぅ」


 何とか無事に戦闘をクリアできたと胸を撫で下ろす。


(にしても……危ないとこだったな)


 十束は、瓦礫場から少し離れた木が生えている場所を見やる。

 そこの根元には、スヤスヤと無傷で眠る少女がいた。

 あの瓦礫が崩れ落ちてきた瞬間、咄嗟に《自在界入・次元移動》を発動させ、何とか瓦礫をやり過ごすことができた。 


 触れた少女にも、同様に能力の恩恵を与えたのである。もし触れていなければ、あのまま少女はこの世から去っていたことだろう。

 そして、恐らく十束たちが死んだと思っている瀬戸に見つからないように、瓦礫の中を動きながら木のところまで向かった。


 案の定、完全に油断していた瀬戸の背後をついて攻撃を放ったというわけだ。


(さて、これからどうっすかなぁ。俺のノルマは終わったみたいな感じだし)


 一応一人で二人を倒した。それに少女をこのまま放置はできない。


(井狩たちなら多分大丈夫だろうけど)


 何せ、ゲームではそこそこ強いステータスを持つ人物だし、半年後には巨大なコミュニティを作り上げているという実績があるのだ。


(まあでも、ゲーム通りに進むわけもないけどな)


 すでに十束というイレギュラーがいる上に、どうも主人公は十束だけではなさそうだ。なら、十束の知っている通りにストーリーが進むとは限らない。


(仮に開発者メンバーの誰かもこっちに来てるなら、再会するのは結構厄介だよな)


 確実に十束の持つ情報を得ようとしてくるはずだ。そうでなくとも、中途半端な知識を駆使して、今後の十束の行動の邪魔にもなりかねない。だからできれば会いたくはない。


(……でも、社長には……アイツに会ったら、一発だけでもぶん殴りてえし)


 無茶ぶりの権化である社長。少し前までは、雇い主で手など出せなかったが、今は違う。この恨み辛みを込めた拳をぶち込んでやりたい。


(けどまぁ、あの社長のことだし、何だかんだでこっちに来てても自由に楽しんでたりしてな)


 そんな自由奔放で豪放磊落な性格の持ち主なのだ。カリスマ性はあるが、言動すべてがが非常識で、あの人についていくだけでも凡人にはキツイ。

 正直十束としては会いたいような会いたくないような複雑な気持ちだ。


 あの人に会うことで、この『ブレイブ・ビリオン』化現象の謎も紐解けるかもしれない。何せ、あの人はこのゲームを作る前に、十束たちにこう言っていたのだ。


『これは世界を変えるモノになる! 諸君、我々が最初の歴史を作ろうではないか!』


 高笑いしながら、本当に楽しそうにそう口にした。これまで何本ものゲームを作ってきたが、あれほど社長が激押しし、社運までかけたものは初めてだった。

 だからこそ、こんなことになった状況に、何かしらの答えを持っているのではと考えてしまう。


(ま、とりあえずは、俺は俺なりに楽しもうと思うけど……)


 そう思いながらも、骸となった二つの肉塊を見て眉を顰める。

 殺すしかなかったとしても、やはり気が重い。当然だ。殺人なのだ。元の世界では、どんな事情があれ裁かれるべき罪でもある。たとえ自己防衛だったとしても。


 一度手を汚してしまったら、もう引き返せないだろう。そこに正当性があったとしても、命を奪ったという事実は変わらないのだから。


(それでも……覚悟をしてやったことだしな)


 まだ感じる不快感に苛まれつつも、十束は少女のもとへ向かった。

 すると、タイミング良く少女が目を覚ます。


「……ぁ…………え?」


 目を覚まし、自分が何故そこにいるのか分からないようで、瞠目しているのか固まっていた。


「怪我はないか?」


 十束が少し離れた場所から声をかけると、少女はビクッと怯えた様子でこちらを見た。


「あービビるのも分かるが、とりあえず無事みたいで良かったよ」

「……! あ、確かさっき……もしかしてあなたが助けてくれたんですか?」

「まあ咄嗟にな。ていうか、何であんな瓦礫の下にいたんだ? いつ崩れても不思議じゃないだろうに」

「え? ……ああ! お店が!?」


 十束は「店?」と首を傾げたが、少女が悲哀のこもった声を出すと同時に、瓦礫の山となった場所へと駆け寄った。


「おい、あまり近づくと危ない……って、聞いてねえし」


 だが、少女の態度から、そこは恐らく何かの店だったのだろう。そして、彼女との縁がかなり深い。


「そんな……お店が……潰れてしまい……ましたぁ」


 ペタリと座り込む少女。そんな彼女のもとへ近づく。


「もしかして、大切な場所だったのか?」

「……実家です。ここは……大事な……家族との居場所で……っ」


 なるほど。家だったようだ。それは潰れたら嘆いてしまうだろう。


「……親はどうした?」

「分かりません。こんな……世界になる前は、結婚記念日で旅行に行って……ましたから」


 そういうことか、と十束は得心する。

 恐らく少女が、この場に残っていたのは、家ということもあるが、家族との再会の場所だと信じているからだろう。もし無事なら、ここへ必ず帰ってくると。


「そっか……そりゃ、寂しいよな」

「っ……あ、あの、その……助けて頂いてありがとうござました」

「いいって。ここに来たのはたまたまだし、助けたのもお前を見捨てたら寝覚めが悪いって思ったからだったしな」

「それでも……本当にありがとうございました」


 少女は律儀にも、立ち上がって頭を下げてくる。どうやら両親にしっかりとした躾をしてもらっていたようだ。

 こうして明るい場所で、真正面から彼女を見て思う。


 高校生くらいだ。ここ数日、まともに眠れてもいないし、身嗜みも放置していたのだろう。腰まで伸びている髪はボサボサだし、目の下には隈が見える。服も汚れていて、みすぼらしさが目立つ。


 ただ、顔立ちは整っており、少し垂れ目がちな眼差しも、小動物を思わせるような庇護欲をそそる。きっと、ちゃんと身綺麗にすれば、モテるような子なのだろう。


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