第20話

 井狩たちと離れて、近くの路地の中へと突き進む十束。

 路地を抜けた先にあったのは、崩壊した建物が立ち並ぶエリアだった。不意に後ろから気配を感じ、大きく身を屈めて前方に跳ぶ。


 立っていた場所へ、巨大な何かが回転しながら飛んできて、途中に生えていた木を真っ二つに切り倒す。そして飛行物は、その先にあった岩に突き刺さって止まる。

 見れば、それは斧らしく、もしあのまま走った状態だったら首を刎ねられていただろう。


「――クク、鬼ごっこはもう終わりか?」


 振り返ると、そこには二人の男が立っていた。間違いなく十束を追ってきた者たちである。プロレスラーのような大男と、これまた筋肉質でイケメン気味な男だ。


 その内の剣を持っているイケメンが、十束へと向かってきて武器を突き出してきた。

 十束は咄嗟に紙一重で避けて、その場から大きく退く。


 すると、いつの間にか岩の傍に大男が駆け寄っていて、刺さっていた斧を抜いた。


(なるほど、武器回収のために俺をあの場から引き離したってことか)


 武器を十束に奪われる前に、イケメンが動いたのだ。なかなかの連携である。


「なあおい、瀬戸」

「何だ、小磯?」


 瀬戸と呼ばれたイケメンに、大男の方は小磯という名前らしい。イケメンはともかく、大男の方の名前が体を表していないことに少し笑えた。


「アイツ、俺が殺っていいよな?」

「おいおい、前もそう言って経験値を取っていったじゃないか。今回もか?」


 瀬戸が言うように、経験値を得られる方法は、モンスターを倒すだけではない。クエストを達成したり、ダンジョン報酬で得たり、人間を殺すことでも得られる。

 特に『勇者』を殺すと、かなりの経験値を得ることができるのだ。


「まあいいじゃねえか。前殺したのは『民』だったし、次は『勇者』を殺してえんだよ」


 楽し気に舌舐めずりをする小磯。


(コイツら、人間を殺すことに抵抗がないのか……?)


 ゲームでもそういう賊的な連中は存在した。コイツらは、そういったモブキャラとしての存在なのか、それとも十束と同じような主人公の一人なのか……。


「あのさ、幾つか聞いてもいいか?」


 それを確かめるためにも聞いてみることにした。


「あぁ? もしかして命乞いか? そいつは止めとけ。聞く耳はねえし、逆に苛立つしよぉ」

「そういうんじゃない。アンタたちは、ずいぶんとこの世界に順応してるみてえだけど、よくそんなに人殺しを簡単にできるな」

「はっ、俺にとっちゃ前の世界と比べて、今の方が生きやすいぜ」

「前の世界……ね」

「俺たちゃ、前の世界じゃ人生が詰んだようなもんだったしな。なあおい、瀬戸よ」

「お前と一緒にするな。少なくとも俺はお前みたいな死刑囚じゃなかった」


 死刑囚……だと?


「かっ、よく言うぜ、この変態強姦魔がよぉ。死刑囚も無期懲役も同じようなもんだろうが」

「どこがだ。もっと言葉の勉強をしろ。全然違うだろうが」


 なるほど。コイツらが、どんな連中だったのか理解できた。


 恐らくは、刑務所で服役中だった奴らなのだろう。しかも態度からして、まったく反省していないような、どうしようもない輩。


(確か【ブラックハウス】とか言ってたな。そういえば、主人公がサブストーリーで壊滅させる〝ベース〟がそんな名前だったような) 


 サブストーリーのイベントが豊富で、その中の一つを思い出した。クズとしか思えない連中の集まりで、その〝ベースマスター〟を討伐することにより、レアアイテムをゲットできたはず。


 脳裏に浮かぶ〝ベースマスター〟の顔だが、先ほど見た中にはいなかった。

 ただ、分かっていることは、【ブラックハウス】には一人たりともまともな奴がいないということである。犯罪者や不良、ヤクザなど、黒い背景を持つ連中ばかりなのだ。


(そういえば、主人公も最初はこんな感じでサブストーリーが始まるんだったな)


 時期こそずれてはいるものの、主人公が向かったダンジョンで待ち構えていた【ブラックハウス】のメンバーに目を付けられ襲われてしまう。そこからサブストーリーが展開していって、最終的にボスである〝ベースマスター〟を倒せばクリアだ。


(ん~この展開ってどうなのかねぇ。これって、俺が主人公としてフラグを立てたってことか?)


 そうだとすれば、やはり十束だけが主人公であり、物語が進んでいるということになる。しかし、それならば時期がずれていることが気にかかる。

 また、ゲームでは主人公は一人だったはずだ。仲間となっている【アンダーガイア】と一緒に戦うというパターンはなかった。


(……分からん。とりあえず、今はコイツらから情報を聞き出すとしようか)


 恐らくそれが一番効率が良いと判断し、次に十束は尋ねることにした。そう、ある決定的なことを、だ。


「……アンタたち――――――富士山って知ってるか?」


 当然、日本人なら子供でも知っている日本のシンボルでもある山の名前だ。

 その目で見たことも登ったことがなくても、その名前を知らない日本人はいないと思う。それはまともに勉強をしていない不良やヤクザだったとしても、だ。

 だが、この返答次第で、ある重要なことが分かる。


(さあ、その答えを聞かせてみろ)


 一体どっちに天秤が傾くのか、内心ドキドキしながら待つ。

 すると――。


「何言ってんだ? 富士山? そんなの――――知ってるに決まってるだろうが。なあ、瀬戸?」

「当然だ。日本人の常識だろ。いくら俺たちが犯罪者とはいえ、馬鹿にしないでもらいたいな」


 思わず十束は、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。



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