第21話
(知ってる……だと!?)
日本人として知っていて当たり前の知識なのだが、十束にとっては大いに衝撃を受けた返答だった。
実は『ブレイブ・ビリオン』というゲームは、確かに地球を土台とした内容ではあるが、ところどころ本物の地球と比べて差異を施してあった。
その一つが、富士山の存在である。ゲームでは、富士山ではなく【
そんな感じで、ところどころ名前や形を変えた遊び心が反映されているのだ。
つまり、何が言いたいかというと、もし彼らがNPCならば、富士山という言葉が出てくるのはおかしいのである。何故なら、ゲームでは存在しない名前なのだから。
(つーことはだ、コイツらは……俺と同じ主人公ってことか?)
現実の地球から、『ブレイブ・ビリオン』の世界に似たココへと飛ばされてきた存在。
(ちょっと待てよ、だとするなら何でゲームキャラの井狩が普通にいるんだ?)
考えられることは、モブなどのNPCは存在しないが、主要なキャラクターは配置されている説だ。となれば、今すぐにでも井狩に富士山についての質問を確かめたいところだ。
井狩という名前と姿を持った、現実の地球人がゲームの井狩と酷似した動きをしている可能性もなくはないが、そんなの恐ろしいまでの確率だろう。
十束の考えでは、やはり井狩はゲームキャラなのは確かだと思う。ただ、主人公は十束だけでなく、現実からこのゲームに飛ばされた者たちも大勢いるということ。
(こんなことなら海東たちにも聞いておけば良かったな。バタバタしてて聞きそびれてしまってたし)
地下に入ってからの急展開が早過ぎて、ロクに情報収集ができていないことが悔やまれた。
(まあいっか。あとでいくらでも確認はできる。それよりも今は、ここを切り抜けるだけだな)
幸い周囲には誰もいない。ここなら全力で戦える。
(けどコイツら、俺と同じ現実の……殺すのはさすがにな……)
ゲームキャラなら、たとえ殺したとしても罪悪感はそれほどなかったかもしれない。モンスター討伐と同じ感覚かもしれないが、同じ立場にある者たちだと知るだけで、こうも戦い辛いとは思わなかった。
だが、向こうは十束を殺す気満々のようだし、このまま手加減してもいいことなどないという考えも当然ある。
たとえ命を救ったとしても、コイツらが今後世のために働くとは到底思えない。
(殺し……人殺し……か)
この世界で生きていくなら、いずれはこんな機会も来るだろうと思っていたが、よもやこんなにも早く覚悟しなければならない状況に陥るとは浅慮だった。
「安心しろよ優男さんよぉ。お前を相手にするのは俺一人だけにしてやるからなぁ!」
そう言いながら、斧を軽々と振りかぶりながら迫ってくる小磯。
(やらなければ……やられる、か)
目をスッと細めると、十束もまた刀を抜いて、斧を受け止めようとする。
「そんなもんでぇぇぇ!」
全力で振り下ろされた斧が、十束の刀を軽々と砕いてしまった。さらに斧は、その勢いのままに十束に向かってくる。
咄嗟にバックステップで回避するが、斧は真っ直ぐ地面に突き刺さった瞬間に、巨大な衝撃音とともに亀裂が生まれる。
十束の足場まで崩れて、危うくそのまま足を取られて転倒するところだった。
(さすがは斧……威力はダンチだな)
見たところ、アレは初期武器で間違いないだろう。基本的にはそれほど威力がないものばかりだが、初期武器の中では、斧はかなりの攻撃力を備えている。
また、使い手も大柄で身体能力が高いということもあって、その威力は、刀で受け止められるようなものではなかったのだろう。
(ま、刀は基本的に受け流すことに適した武器だしな)
打ち合うような強い耐性を持っている武器ではない。攻撃の鋭さに特化したものであり、耐久性は斧と比べるべくもなく脆い。
それにいくら《自在界入》で、専用武器を扱えるようにしているといっても、刀を十全に扱えるほどの技術は持っていない。そもそも格闘技すらしてこなかったので、十束ができるのは見様見真似の動きだけ。刀で受け流す技術は、今の十束には難し過ぎる注文だ。
「ハッハッハ! 武器破壊たっせーい! これでもう成す術なしってか?」
愉快気に高笑いする小磯。余程優位に立ったことが嬉しいのだろう。
しかし、勘違いしてもらっては困る。
十束は、《袋》から別の刀を取り出した。
「あん? ……二本目、だとぉ?」
初期武器は一人一つ。故に、二本目を持っているはずがないことを知っているのだ。だから十束のことを怪訝な表情で睨みつけてくる。
「恐らく、『勇者』専用の武器ではなく、どこぞで手に入れた模擬刀とかだろう。何にしても、頼りない武器でしかない。ただし、何本も所有している可能性もある。油断は大敵だぞ、小磯」
瀬戸の推察に、「なるほどなぁ」とニヤリと頬を緩める小磯。
「まあいいぜ。こっちもまだ楽しめそうだしな。次はちゃんと受け止められるといいな!」
またも十束に向かって突撃してくる。
(何の策もなく突っ込んでくるか。アッチも……加勢するつもりもないみたいだな)
小磯一人で十分だと判断しているのか、つまらなさそうに瀬戸が鼻を鳴らしている。
(こっちとしては助かるな。なら、まずはコイツを早々に撃破するか)
再び刀で斧を受け止めようという構えをするが、頭上に斧が来た瞬間に刀を引いて後方へ跳ぶ。すると、途中で斧がピタリと止まる。
「舐めんな! 二度も同じ手が通じるかよぉっ!」
十束が後ろに回避することを読んでいたようで、小磯はすぐに斧を構え直すと、今度は一足飛びをして十束に追いつき、そのまま横薙ぎに斧を振るってきた。
「くらえぇぇっ、《
直後、小磯が持っている斧の大きさが二倍ほどに膨れ上がった。それは『斧の勇者』が持つBスキルの効果だ。簡単にいえば、斧の大きさを最大二倍化することができる。
これでもう一度、バックステップをしても十束を仕留められると判断したのだろう。
そして、小磯の斧が十束の脇腹を捉え、そのまま素早く切断するように走った。
同時に、血飛沫が飛び散り、
「……終わったな」
十束と小磯の決着が早くも着いたと察したようで、瀬戸は肩を竦めると臨戦態勢を完全に解く。
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