第18話

 広大なジャングルフィールドとなっている狩場には、ハントすることにより食材をドロップするモンスターが数多く生息している。


 初期のモンスターの中では、そこそこ強く豚肉のような肉質のオークや、巨大化した鶏のような、コッコ。ミルクや牛肉をゲットすることができる、モーガー。カボチャやリンゴなどがモンスター化したような存在もいる。


 ここはいわゆる〝グルメエリア〟と呼ばれる区域であり、その名の通り、食材を手に入れるに適した領域となっており、世界各地に幾つも存在する。

 このエリアがあるからこそ、人々は飢えを凌ぐことがことができるのだ。


 故に、そのエリアの優先権――狩場を獲得することが、生存率のアップに繋がる。


(だからこそ奪い合いにも発展するんだけどな)


 十束たち、井狩パーティの目前には、目的地である〝グルメエリア〟があるのだが、現在、その一歩手前で足止めをくらっていた。


 そして、十束たちの侵入を阻んでいる者たちこそ、同じ人間であり、別のコミュニティである。


「何だてめえら? 俺らの狩場で何しようってんだ?」


 十束たちを睨みつけながら威圧するように男が言ってくる。その手には槍が握られており、その周囲には十人以上もの男女も立っていた。


 どうやら彼らこそが、この狩場を占領している者たちらしい。明らかに敵意満々といった様子で十束たちを警戒している。

 そんな男たちを前に、一歩前に出る井狩。


「突然悪いですね。良かったらこの狩場を私たちも利用させてはもらえないでしょうか?」


 なるべく穏便に事を済ませたい井狩は、努めて下から言葉を投げかけた。


「あぁ? ふざけてんのか? ここは俺たちの専用狩場だぜ? 余所者は他を見つけな」


 やはりそう簡単にはシェアさせてはもらえないようだ。


「そうしたいのも山々なんですがね。こちらも切迫している状況なんです。何とか都合をつけてもらえないでしょうか?」

「おいおい、そうやって頼めば何でも思い通りに行くと思ってんのか? 今の世の中は弱肉強食だぜ? 弱い奴はさっさと死ねばいい」


 何とも身も蓋もない言い方だ。そんなことを言われて、はいそうですかと納得できるわけがない。だから当然――。


「さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがってよぉ」

「おい海東、余計なことはするな。井狩さんが交渉中なんだぞ」

「うっせえよ及川。こんな上から目線の奴らとまともに交渉なんざできるわけねえだろうが」


 語気が荒い海東。相手の態度に怒り心頭といった様子だ。注意した及川と視線をぶつけ合い、ともすれば先に味方同士で争いが勃発しそうな雰囲気である。


「海東君、気持ちは分かるが少し待ってくれるかい」

「井狩さん……けどよぉ」

「頼むよ。こちらから真摯にお願いすれば、もしかしたら争わずに済む可能性だってあるからね」

「…………わーったよ」


 井狩の言葉に、どこか釈然としない様子の海東だが、それでも一度矛を収めることにしたようだ。

 そして、再び井狩が交渉を始める。


「良かったら君たちのリーダーに話を通してもらえないかな? 私は【アンダーガイア】の『ベースマスター』をしている井狩というものだよ」

「井狩……? ああ、陰気臭え地下連中を束ねてるって物好きなジジイって、アンタのことだったんだな」


 侮辱されたことに、さすがに聞き捨てならないといった感じで、海東だけでなく他の及川や鈴村たちまでもが険しい表情を浮かべる。

 そんな中でも、井狩だけは柔和な雰囲気を崩さず、スッと頭を下げた。


「お願いします。どうか、この狩場を我々も利用させてほしいんです」

「フン、頼みごとをしたいなら、もっと誠意を見せたらどうだぁ? なあ、お前ら?」


 優越感を含ませた表情をいっぱいにして男は言う。その周りの連中も面白そうにニヤニヤとしている。


(まったくもって性格が悪い連中ばかりだな)


 基本的に穏やかな十束もまた、彼らの態度には思うところがある。大事な狩場を分けることに不満があるのは分かるが、それでも言い方というか態度というものがあるだろう。

 あんなわざわざ敵愾心を煽るような態度をする必要なんてないと思う。


「ほれほれ、土下座しろよ。その空っぽの頭を地面に擦りつけてみやがれ。そうすりゃ、考えてやらんでもねえぜ?」

「お、お前らいい加減にっ!」


 海東がキレかけたその時、井狩がスッと彼の前に手を差し出し黙らせたあと、おもむろに両膝を屈した。そして、そのまま抵抗することなく土下座をしてみせたのである。その姿に、海東たちは驚きを隠せなかった。


「どうかお願いします。何としても食料が必要なんです。ですから……!」


 必死に嘆願する井狩の姿に、十束は感動さえ覚える。

 井狩は他人のために、容易く頭を下げることのできる人物だ。それが素晴らしかった。こんなことができる人は、そうそういないだろう。


(本当にいいキャラだな、井狩ってのは)


 ゲームでこの人を設定した人を知っているが、その人もまた、真面目でお人好しな性格をしていたことを思い出す。十束が辛そうにしていると、気にかけてくれて飲み物や食べ物をくれたりした。善人が作るキャラクターは、やはり善人になるということか。


 残念ながら、その人は大分歳を取っていたこともあり、毎日の疲労が溜まりに溜まった結果、入院することになり、仕事を途中で放棄せざるを得なくなったが、数少ない十束が尊敬している人でもあった。


「ぎゃはははは! コイツ、マジで土下座しやがったよ! どんだけ必死なんだどんだけよぉ!」


 下卑た笑い声が響き渡り、その周りの連中もまた笑う。


「てか、嘘に決まってんだろ! そうだなぁ、どうしても欲しけりゃ、ありったけのアイテムと武器を寄こしな。そうすりゃ、リンゴを十個くらいはくれてやるからよ!」


 そんなもの実質無いのと同じだ。井狩が一体何人抱えていると思っているのだ。いや、知っているからこその言葉だろう。


 それにたとえ引き換えで、そこそこまともな量をもらえたとしても、ありったけのアイテムや武器を失えば、それこそ命の綱を切ることに繋がってしまう。


 ――ブチィッ!


 直後、そんな音が聞こえたような気がするほど、海東たちから怒気が立ち昇っていた。



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