第17話
「……悲しいことだろう。辛いことだろう。痛いことだろう」
静かに喋り出す井狩を、誰もが唖然としたように見つめている。
「現実逃避したい気持ちも理解できる。大切な家族が……仲間が旅立ってしまったのだから。だが、それでも私たちは生きていかねばならない。それが、命を賭して私たちのために戦ってくれた者たちへの精一杯の恩返しになるからだ。分かっている。こんなことは綺麗事だ。いくら言葉を並べ立てても、死んでいった者たちは決して黄泉がえりはしない。これは生きている者たちだけのための詭弁のようなものかもしれない。ただ、それでも分かってほしい。私たちはまだ生きている。ならば、生きるためにすべてを尽くす義務がある。そう、彼らの死を誇るためにも」
気づけば、皆が息を呑みつつも、井狩に見惚れるかのようにして顔を向けていた。その中には、当然釈然としない者もいるが、口を噤み顔をしかめている。
「私もまた全力を尽くす。君たちが生き続けられるこの場所を守るために。だが、私一人では到底それは成し得ない。だから……どうか私に力を貸してほしい。お願いだ」
そう言って、深々と頭を下げる井狩に対し、先ほどまで騒いでいた者たちがバツの悪そうな表情で俯く。
(大したもんだな。こんな場で、そんな言葉だけで鎮めるなんて)
これがカリスマ性というものだろうか。さすがは、いずれ一大拠点となる【アンダーガイア】を作る人物だ。やはり相応の人徳というものもあるようだ。
それから遺体は、丁寧に処置を施し、後に火葬されることになった。
そして、十束は海東ともに、井狩に呼び出されていた。
「え? 俺に食料調達を?」
井狩が俺に対し伝えたのは、そういうことだ。先の事件で、腕利きたちが一気に削られてしまったことで、食料調達の質が落ちてしまった。だから一刻も早く、人手を集めて調達に動く必要が出てきたというわけである。
「俺としては、これから世話になりますし、力にはなりたいと思うんですけど……」
「うむ。鬼のモンスターのことかな?」
井狩の言葉に頷きを見せる。ここで問題に出さなければ、おかしい流れだからだ。
「しかし、こればかりは対策の立てようがねえよ。相手は神出鬼没で、いつどこに現れるか分かったもんじゃねえんだしな。俺だって怖えわ」
そう言うのは、海東。実は彼、こう見えて『勇者』であり、だからこその門番を任されていたらしい。だが、今回のことで、彼もまた門番から調達係に重きを置くことになった。
ちなみに今の門番は、せめて腕っぷしの強い『民』に、武器を持たせているらしい。
「怯えているだけじゃ、いずれ飢えに苦しむ者たちが出てくる。いや、食料の奪い合いが始まり、いずれ内部から崩壊するぞ。それが分かっているのか、海東?」
「あぁ? うっせえよ、んなこた分かってる! つーか、いつもいつも単独行動しかできねえ奴が、いきなり出しゃばってきてんじゃねえぞ、及川!」
及川与一。彼もまた『勇者』で、その背にはいつも弓を所持していることから、恐らくは『弓の勇者』ってところだろう。
どうも海東とは相性が悪いようで、先ほどから一触即発状態なのである。
「俺は俺でマップ作成と情報収集のために単独任務を承っていただけだ。イチャモンがあるなら井狩さんに直接言ったらどうだ、口だけ門番」
「何だとぉ! もいっぺん言ってみろっ、ぼっち根暗マンが!」
二人が顔を突き合わせ、「「あぁっ!?」」と睨み合う。
「……はあ。アンタたち、そろそろ止めなよ」
「そうそう、喧嘩なら外でやってきてくださいよ」
溜息交じりに言うのは、鈴村礼香という二十代後半ほどの女性。それと高身長だが、ちょっと押しただけで倒れそうなくらいにガリガリな細井健二もまた、二人を見て呆れている。
「ほら、新人君もアンタたちを見て迷惑がってるでしょうが」
いきなり鈴村に振られて、十束の顔が引きつる。
「あ、いえ……まあその……喧嘩するほど仲が良いっていうことで」
「「仲良くないっ!」」
「は、はい、すみません!」
思わず謝ってしまった。ていうか、声を揃えるなんて、やはり仲が良いのではと思う。
「はいはい、二人ともそこまでにしてくれるかな。これからこのメンバーでしばらく行動をともにするんだからね」
苦笑しながら井狩が言う。
「井狩さんも一緒に行動するんですか?」
十束の問いに、井狩が「そうだね」と頷きつつ続ける。
「本来なら、この〝ベース〟の管理者である私が、ここを離れるべきではないかもしれないが、今は一刻も早く成果を手に入れないといけないからね。戦力を温存している暇はないんだよ」
一応井狩という人間……というか、キャラクターが戦える設定なのは知っていた。彼もまた『勇者』であり、ゲーム内では英雄と呼ばれる実績を残している人物であることもだ。
ただ、実際に戦うシーンはゲームでは存在しない。力のある『ベースマスター』でありながら、最終的に〝ベース〟を襲ってきた存在に殺されてしまうのだ。
そのせいで〝ベース〟は瓦解し、【アンダーガイア】は終わりを告げる。
(けど、そうだよな。ゲーム内では描かれないっていっても、実際は彼もまた戦ってきたはずなんだから)
ただ、どんな戦い方をするのかは知らない。強い……とは思うが。
「狩場は、どうされますか?」
及川の問いに対し、井狩がテーブルに広げられた手書きの地図の上を指差す。
「現在、奴……鬼が確認されているのはココだ。故に狩場を変え、コチラに出向くことにしよう」
彼が指を差した先は、かつては公園だった場所。自然も豊かで広い池もあり、散歩やランニングにはうってつけだった。しかし、今は草木で覆われていてジャングルと化してしまっている。
「ココ……ですか。少し遠いですね。それに……情報では、すでに別のコミュニティが狩場としている模様ですが」
「おいおい、及川の言った通りなら、もしそいつらと出くわしたら、狩場争いに発展しちまうんじゃねえのか? どうすんだ、井狩さん?」
確かに、海東の言うように、狩場争いはスルーできない問題だ。良い狩場というのは、早い者勝ちではなく、基本的には力のある者が優先される。
弱肉強食の世界になったことで、それぞれのコミュニティを守るためにも、優良な狩場の奪い合いは必然なのだ。
「あら、いいの? 井狩さんってば、人間との争いはできるだけ避けるって言ってたでしょ?」
鈴村曰く、井狩は無意味な争いを嫌う。こんな環境になって、人間同士が争っている場合ではないからだとのこと。ただ、井狩にも当然理由があった。
「確かにぶつかれば争うことになるやもしれない。けれど、ここの狩場には、様々な食材をドロップするモンスターが数多く発見されている。そうだね、及川くん?」
「はい、肉類だけでなく、野菜や穀物をドロップするモンスターも確認されています」
「うむ。ならば今の状況で、大量の食材をゲットしやすいココに向かうべきだね」
「けどよぉ……」
「分かっているよ、海東くん。もしかしたら他の者たちとの奪い合いに発展するかもしれない。当然、シェアできないか交渉はしてみるつもりだけれどね。……もし、断られることがあれば、力を駆使してでも狩場を抑えさせてもらう」
強い眼差しだった。それは覚悟の証。人間同士の戦も辞さない。井狩には守るべき者たちがいる。その者たちのためには、他の人間に恨まれようが、選択した道を突き進むだけ。
(この決断と強さがあるから人はついてくるのかもな)
十束には足りないものだと、自分で理解して自嘲してしまう。
人を導いていくには、時には独善ともいえる選択を選ばないといけない。憤怒、憎悪、嫉妬、それらを他人から向けられてもなお、心を折ることなく背負っているもののために戦う。それがきっと、王としての資質なのだろう。
十束も『デスマーチ王』と呼ばれていたが、アレとはまた異質だと思わざるを得なかった。
井狩の言葉に、他の皆も了承し、早速狩場へと向かうことになったのである。
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