第16話

 【アンダーガイア】には複数の『勇者』が所属している。そのほとんどは、井狩を慕う者が多く、彼の理念に基づいて集った者たちだ。


 井狩もまた、彼らを大切な仲間として扱っており、できることならモンスターなどという凶悪な存在と戦わせたくないはず。 


 しかし、そうしなければせっかく築き上げた〝ベース〟が維持できなくなってしまう。ここにはすでに、非戦闘民を含めると八十名を超す人間たちが生活している。


 世界が終末へと変貌し、そう簡単に食料を確保できなくなった現状では、生きるためには、モンスターを討伐して糧を得るしかない。


 そしてそんなことができるのは力ある者だけ。つまりは――『勇者』である。


 井狩の願いを聞き入れ、仲間たちは力を合わせてモンスター討伐へと向かった。もちろん単独行動ではなく、それぞれがフォローできるような集団(パーティ)を組んで、だ。


 聞けば、食料調達は五度目らしいが、何とか死人は出さずに成果を持ち帰ることができていたようだ。

 だが、六度目の調達において、パーティが壊滅したとの報が入った。


 海東とともに、十束も事情を聞かせてもらおうと井狩がいる建物へ向かうと、そこには慌ただしく動き回る人たちがいた。そして、即席のタンカーで運ばれてくる人間たちが、布やシートを敷いた上に寝かされていく。


(これは……っ)


 明らかに重症だと思われるような怪我を負った者たちが呻き声を上げている。その傍には、介抱する女性たちなど恐らく家族だろうか、怪我人に寄り添って必死に名を呼び上げていた。


(にしても、六度目のハントで失敗? それにこんな大勢が大怪我をする?)


 初期レベルなら怪我を負うことはあるだろう。大怪我だって考えられる。たとえ相手がゴブリンやスライム、オークなどの初期モンスターでも恐怖に竦んだり、戦闘に慣れていなかったり、敗北を喫する理由は分かる。 


 しかし聞くところによると、常に集団で行動するように義務付けられていたらしいし、レベルも上がっている上に、ここらのモンスターは初心者用に設定されている連中ばかりだ。油断していたとしても、全員が壊滅的なダメージを負うような状態など考えられない。


「井狩さん! 一体何がどうなってんだこりゃ!」


 海東が説明を求めようと、怪我人たちを見ながら険しい表情を浮かべる井狩へと迫った。


「っ……いつもの狩場に、奴が突然出現したようだ」

「奴……だって? ……!? ま、まさか……」


 海東がハッとした瞬間に、十束もまたピンときた。


「鬼の……バケモンが?」


 海東の絞り出すような言葉に、井狩が辛そうに頷いた。


(なるほど…………オーガ、か)


 十束は、そういうことならと納得がいった。

 ゴブリンなどと比べても明らかに異質的な存在。初心者キラーとも呼ばれるオーガ。


(アレに出くわしたなら、こうなっても不思議じゃないな)


 それほどまでに実力が違う相手だ。

 開発者的には、ランダムに格上の敵が現れるようにし、常に緊張感を養うための設定だった。それに、そこそこレベルを上げれば、戦い方次第で倒すことも可能なのだ。


 ユーザーたちには、戦術や戦略などの重要度を認識してもらうためのものだったのだが、現実にアレを攻略するには、確かに困難と言わざるを得ない。


(ゲームと現実じゃ違うしな)


 ゲームでは、しょせん戦うのはアバターだ。失敗したり傷を負っても、たとえ死んでも何度も挑むことができる。恐怖や痛みなど覚えることもない。


 だが、実際にアレと対面すると、その威圧感に気圧され、傷つけば痛むし、恐怖で足が竦むことだってある。そんな中で、見事な立ち回りで倒せというのは間違いだろう。


 あくまでもゲーム内での操作を向上させるための設定であり、現実とはリンクしていない。


(いきなりボス級と戦うなんて、準備不足で相手できるわけがねえよな)


 構内に嘆きがこだまする。ピクリとも動かなくなった者に縋りつき泣きじゃくる者もいた。


 こんな場所で、いや、こんな世界でまともな治療が受けられるわけがない。

 輸血なんてできない。多くの者たちが出血死で逝ってしまう。中には、戦場で即死した連中もいたようだ。


 嗚咽が響き渡り、その周辺にいる者たちもまた、お通夜のような雰囲気で顔を俯かせていた。


「や、やっぱり……俺たちは……みんな死ぬんだ……っ!?」


 その中で、不安と恐怖で混乱した者たちが、次々と騒ぎ出す。

 無理もない。力のある『勇者』ですらこの様だ。『民』である自分たちの生命線が役に立たないと分かった瞬間に、こうなってしまうのは自明の理であろう。


 海東たち比較的正気を保っている者たちが、騒ぐ連中に向かって「落ち着けっ!」と声をかけるが、子供も場の雰囲気に当てられ泣き始めたり、さらに騒ぐ者たちが連鎖して増えていき収拾がつかなくなっていく。


「――――黙れぇっ!」


 直後、床が揺れるかのような響く声が一喝した。

 轟く声音に、まるで時が凍り付いたように騒ぎが収まる。


 皆がその声を持ち主である――井狩を見た。

 彼は持ち前の穏やかさを崩し、強張りのある表情を浮かべている。



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