第15話

「まあ、案内するところもそんなにねえんだけどな」


 それはそうだろう。ゲームとは違い、まだここが拠点として成り立ってから数日。そんなに人も多くないだろうし、やるべきことがいっぱいで手探り状態のはずだ。


「一応、ホームは要警戒対象地区として、『勇者』以外は立ち入り禁止にしてる」


 さらに階段を下りた先にある電車が走る線路とホームがある場所。そこはまだ安全が確保されておらず、たまにモンスターが湧き出たりすることもあって、非戦闘民は遠ざけているということらしい。


「だから基本的に俺らが寝泊まりするのは、構内通路とか、元々店か何かだった建物とかだな」


 言われた通り、広々とした通路には、布やシートなどを敷き、その上で座ったり寝そべっている人たちがいる。ほとんどの人たちの表情には陰りがあり、明らかに今後の展望に不安を募っている様子だ。老人や子供も大勢いる。


 無理もない。恐らくここにいる人たちは『民』を引き当ててしまった者たちなのだろう。戦力にはならず、これからどうして生きていいか分からない。そんな絶望に苛まれているはずだ。


 とはいっても、これからここは目覚ましい発展を遂げていくことを十束は知っている。人々にとっても大きな防衛拠点となり、商売なども行われるようになっていく。

 ただ、今はその基盤作りの初期段階ということもあって、混乱と不安で渦巻いているのだ。


(この調子じゃ、気安く話しかけるのも難しいかもな)


 鬱屈した空気感の中、とても気軽に声をかけるのも躊躇われた。


「食事とかはどうしてるんですか?」

「ああ、それは当然『勇者』が担当してるぜ。とはいっても、贅沢できるようなもんじゃねえけどな。ま、モンスターから食材もドロップできるのは助かってるけどよぉ」


 海東の言う通り、モンスターの中には食べられるものを落とす連中もいる。


 オークというモンスターを討伐すれば、《オークの肉》を入手でき、これは豚肉の味がして美味いという設定だ。他にも野菜がモンスター化したものや、魚介系のモンスターを倒せば、野菜や魚介類をゲットすることも可能。


 つまりは、力さえあれば食料には困らない。他にもダンジョンやフィールドで手に入る宝箱などから、アイテムや食材を手に入れられるし、次第にそれらを売り買いする商人も出てくるだろう。


(まあ、俺みたいに【隠遁の館】を知ってたら、わざわざ探索なんて面倒なことはしなくていいけどな)


 あそこには無限といってもいいほどの物資があるのだから、そこを利用できる十束は、生活水準を気にする必要がない。


(ただまあ、だからこそ『民』と『勇者』との間で次第に軋轢が生まれるんだけど)


 力がない『民』は、当然ながら生き抜くためには『勇者』の力が必要になってくる。そこには隔絶された壁があり、最早二つの人種に分かれたといっても過言ではない。


 種族が違えば、やはり価値観の齟齬も生まれ、結果的に諍いが生じてしまう。

 『勇者』は守ってやっているという優等性を自覚し、『民』は見下されているという劣等感に苛まれる。


 そうして差別が生まれ、『民』の中に不満が積み重なっていき、いずれ暴発してしまう。 


 今は互いに環境に慣れずに、手を取り合って過ごしているようだが、それも徐々に慣れてくるだろう。そして、互いに気づくのだ。力のある者とない者との決定的な溝に。


(そうやって次第に『民』だけの〝ベース〟、『勇者』だけの〝ベース〟が作られていく。まるで住む世界が違うとでもいうかのように、な)


 共存できれば、それが一番良いのだが、これまでの人間の歴史を鑑みると、どうも安穏とした関係を築き続けられるとは思えない。


(ここも……結果的に破綻する運命だしな)


 そう、この【アンダーガイア】もまた、その例に漏れず、いずれは瓦解してしまう未来がくる。そういう設定という話ではあるが、それもまだまだ先の話ではある。


(まあ、今はそんなことよりも、確認できることは早々にしとかないとな)


 ここには情報収集に来たのだ。せっかく穏便に入ることができたのだから、話し辛いといって諦めるのは止めて、いろいろな人から情報を得なければならない。

 しばらくして案内が終わると、再び海東の持つトランシーバーに連絡が入った。


「…………何? それで? おいおいマジかよ!? ちっ……分かった。急いで井狩さんとこに戻るわ!」


 どうも只事ではないことが起こった様子。気になったので十束が尋ねてみると、険しい表情で海東が伝えてくる。


「――――食料調達に出てた部隊が…………壊滅したみてえだ」



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