第14話

 地下鉄といっても、やはりここも大分年季を感じさせる様相を見せていた。線路は草などで覆いつくされていて、天井や壁などには亀裂が入って不安定さを覚える。


 それでも頑丈に作られていたためか、今もなお崩壊していないところを見ると、生活拠点としては活用しやすいのかもしれない。


 海東に聞けば、崩壊して瓦礫に埋まっている部分もあり、それらを徐々に取り除いていき、地下鉄を整備して行動範囲を広げていきたいとのことらしい。

 ゲームでは、地下鉄を利用した移動手段は便利で、地上よりはスムーズに他の場所へと行き来できる設定だった。


「――ここだ」


 海東に案内されたのは、改札手前にあった飲食店として使用されていたであろう建物だった。実際、ここには十束も何度かお世話になっていた立ち食いそば店なのだが、ボロボロでお化け屋敷みたいな店構えになっていて、酷く残念な気持ちになる。


 中に入ると、奥の方にテーブルと椅子が設置されていて、そこに複数の男性が集まっていた。テーブルに置かれている資料などを見て会議をしているようだ。


 十束たちが入ってきたことで、一旦話を止めてこちらを見た。


「井狩さん、言われた通り連れてきたぜ」

「海東くん、手間をかけて悪かったね」


 海東の言葉に対し反応を返した者こそ、十束もまた目的としていた人物でもあった。


 外見は五十代後半。眼鏡をしており、黒のオールバックに白髪が混ざった年相応な顔をした男だ。物腰が柔らかそうで、武官というよりはどちらかというと文官といったような頼りなさそうな細身である。その男が一歩前に出ると、十束の目の前に立つ。


「やあ、君が咲山くんだね。僕は、ここの〝ベース〟を取り仕切ることになった井狩兵庫だよ。どうぞよろしくね」


 ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべて右手を差し出してきたので、十束も素直に受け入れて握手をした。


(やっぱり井狩兵庫……ゲームのデザインキャラそのまんまだな)


 海東たちがその名前を口にした時に、その脳裏に浮かんだ顔が目前にある。つまりこの人に限っては、十束と同じような地球人ではないということ。


(NPC……ってことだよな)


 ということは、このゲームでは主人公は十束一人しかいない線が濃くなってきた。

 もしかすると、ここの〝ベース〟の管理者……『ベースマスター』の名前が、十束の知っている者と違えば、ゲームとの差異が明らかになったのだが、ゲームと全く同じ人物だったことで、自分以外にゲームキャラしかいないのではと思い始めた。


「咲山十束です。突然お邪魔してすみませんでした」

「いいんだよ。こちらとしても人手が増えるのは助かるんだ。聞けば『勇者』という話じゃないか。良かったら、その力を貸してくれると嬉しいんだけどね」


 しっかり笑みは浮かべているが、その目の奥は、十束を探るような油断のならない輝きを潜めていた。

 十束は、その光を感じて、やはり侮れない人物だと察する。


「こちらこそ、一人で活動するのは限界だったので。ただ、俺も目的がありまして、ずっとこちらに根を下ろすわけにはいきません」

「ほう、目的かね。聞いてもいいかな?」

「はい。俺にも家族がいまして、できれば探しに行きたいんです」

「……この街じゃないのかい?」

「ええ、実家は他県ですから。大学を卒業してすぐに俺だけが上京してきたんです」


 後半は事実だが、前半は全くの嘘だ。

 十束には探さなければならないような家族などいない。別に死んでいるわけではないが、ただ親子としての繋がりが皆無というわけだ。


 少なくとも、十束が危険を冒してまで助けたいと思うような親ではない。


 ネグレクト――簡単に言えば育児放棄だ。その対象となっていたのが十束である。どうやら親にとっては望まれた子供ではなかったそうで、生まれてから可愛がられた記憶などほとんどない。


 信じられないかもしれないが、親の顔もまともに思い出せないほどの薄っぺらい記憶しかないのだ。


 小さい頃から十束を誰もいない家に放置し、両親は互いに仕事に勤しんでいた。そんな十束を不憫に思ったのか、面倒を見てくれたのは祖母だった。

 祖母もまた、両親に対し怒りを露わにして、子供の面倒を見るべきだと口にしたが、両親にとっては暖簾に腕押し状態だったようだ。


 だから、十束にとっての親は祖母であり、感謝しているのも家族だと思っているのも祖母だけ。だが、そんな祖母も、大学在学中に亡くなってしまった。


 何とか祖母の保険金のお蔭で、大学生活には支障をきたさなかったが、これ以上、両親のいる家に住むのは勘弁してほしいと思い、就職を機に上京したというわけである。


 だから、十束に心配される、あるいは心配する家族などはもう存在しない。

 それにこのゲーム内に両親がいるのかどうかすら分からない。というよりどっちでも構わない。もう興味のない存在だから。


「むぅ、そうか。それは確かに心配だね。分かった。ここにいられるだけいていい。その代わり、その間は力を貸してもらいたい。いいかな?」

「もちろんです。タダで世話になるつもりはありませんから」


 十束の答えに、満足げに頷いた井狩。彼は、「案内してあげてほしい」と海東に告げると、続けて「これからよろしくね」と十束に伝え、再び男たちと話し合いを始めた。


 改札前まで戻ってきた十束は、海東に〝ベース〟内を案内してもらうことになった。



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