第13話

(『民』なら、避難民としてあっさり受け入れてもらえるか? ゲーム知識だと、悪人じゃない限り、基本的には誰でも受け入れる場所ではあったが……)


 なら『勇者』ではどうか。恐らくは、受け入れる見返りとして防衛のための一助にさせられることだろう。


 実際にここでも戦いは起こり得る。そのためには、力のある者たちを余らせておく意味がない。全員が生き残っていくためにも、『勇者』には守ってもらう必要があるからだ。


(『民』の方が、面倒がなくて良さそうだが……懸念もあるな) 


 その嘘がバレた時である。

 システム画面は、他人には確認できない。だからどちらを名乗っても、その証明は、実際に力を見せるかどうかになる。


 相手を信用できていないのに、自分の能力を見せることは難しい。そのせいで、生存率が下がることだってあるからだ。

 弱者を装っていた方が、何かと便利といえば便利だ。モンスター狩りやクエストなどに駆り出されなくて済むだろうし、潜入捜査などもしやすいはず。


 ただし、素性がバレなければの話だ。嘘を吐いていたことが知られれば、当然警戒度は跳ね上がってしまうし、下手をすれば追放され出禁なんてことも有り得る。せっかくの情報収集の場を失うことになるのは痛い。


 それに実際にこのゲームでは、悪行を重ねれば、相応の罰が待っている、罪もない人を殺めたり、人に迷惑をかけ過ぎると、他人の評価が下がってしまい、集落に訪れることができなくなったり、下手をすれば懸賞金をかけられて討伐対象になったりするのだ。


 それもまた一つの楽しみ方でもあるが、正義として生きるか、悪党として生きるかも、主人公の選択に委ねられている。

 ただ当然、生きる上では、人として正しい方が断然やりやすいだろう。


(だからここは『勇者』ってことにしとくか)


 この先、この〝ベース〟は拡大化していくだろうし、ストーリーを進める必要性が出てくれば、必ず足を踏み入れなければならない。

 その間に、十束がモンスターと戦っているところ――言うなれば、『勇者』としての力を持っていることがバレる可能性が高い。


 どこに彼らの目があるか分からないのだ。そう考えると、いずれバレるであろう嘘を吐いて、彼らの機嫌を損なうよりは、素直に『勇者』だと伝えた方が無難かもしれない。


「……一応その……『勇者』です」


 十束の告白に、男たちがスッと目を細める。そして、一人が「証拠は?」と尋ねてきた。


「えっと……これでどうですかね?」


 そう言って、十束は刀を見せた。


「剣? いや、刀……『刀の勇者』ってとこか」


 自分で納得したように呟く男。ただし、まだ構えているナイフは下ろさない。まだ十束が、危ない奴ではないと判断できないからだろう。


「お前、レベルは幾つだ?」

「……6です」

「6……それなりだな」


 ここらで6まで上げるには、彼の言う通りそれなりの戦闘経験が必要だ。まだ五日でこの結果。つまりは、少なくとも臆病者ではないということ。


「ん? でもお前さん、さっきモンスターから逃げてきたって言ったよな? ここらのゴブリンどもじゃ、6レベルもありゃ、そんなに苦戦しないはずだろ?」


 疑わしそうに十束を睨みつけてくる。やはりそこを突っ込んできた。


「ゴブリンから逃げてきたわけじゃないですよ。もっとデカい奴がいて、さすがに一人じゃ相手できずに……」


 オーガと遭遇し逃げてきたという嘘を吐く。これくらないなら問題ないだろう。実際に、ここらで見かけたわけだし、まだ討伐もされていないはずだから。


「デカい奴……!? もしかして角を生やした鬼みたいな奴のことか?」

「はい、そんな感じの」

「なるほどな……アイツなら仕方ねえか」

「もしやご存じでしたか?」

「あ、ああ……あのバケモノには、俺たちの仲間も随分と殺されちまったしな。しかも神出鬼没で、どこに出現するか分からねえ。全く……厄介なモンスターだぜ」


 そう、それがイレギュラーモンスターの特性だ。昨日はここにいたから、同じ時間にそこに現れるとは限らない。出現するエリアの範囲は大体決まっているものの、その時間は完全にランダムであり、早ければ数分後に現れることもあれば、一週間後という場合もあるからだ。こればかりは完全に運である。


「おいおい、コイツが追われてきたってことは、近くに奴が現れたってことだろ! ここがバレたらどうすんだよ!?」


 それまで黙っていたもう一人の男が慌て気味に声を上げた。


「それもそうだな。おい、お前さん、そこんとこどうなんだ?」

「逃げてきたといっても、遭遇したのはちょっと離れている場所で、路地裏とかを使ってまいてきたので、多分ここまで追ってきてないと思いますよ?」

「……確認が必要だな。……おい、聞こえるか?」


 比較的冷静な男の方が、懐からトランシーバーを出して話し始めた。


「……ああ、いきなり悪いな。実はな――」


 男は、十束が見たというオーガの存在が、まだ近辺でウロウロしているのか確認するように伝えていた。

 十束には結果が来るまで、ここで待つように言ってきたので、素直に待つことにする。


 そうして、再びトランシーバーに反応がきた。


「…………分かった。確認ご苦労さん、あんがとな。……この近くにバケモノはいないそうだ。多分、また消えちまったんだろうな」


 そんな男の言葉に、もう一人の男がホッと息を吐く。同時に、十束もまた演技で胸を撫でおろした。


「お前さん、名は?」

「俺は、咲山十束っていいます。花が咲く山に、十束って書いてトツカって読みます」

「咲山……か。俺は、海東英司かいとうえいじで、こっちは高森博也たかもりひろやだ」


 十束はペコリと二人に向かって会釈をした。名前を教えてくれたということは、少しは警戒を緩めてくれたと判断しても良さそうだ。


「まずはここがどういう場所か教えておく。ここには大勢が隠れ住んでる。五日前、突然世界が何百年も過ぎたみてえに変わっちまって、地上にはモンスターどもが溢れた。んで俺らは、地下鉄だった場所に逃げ込んで生活してる。ここもたまにモンスターは出るが、俺らで対処できる連中ばっかだし、地上よりは安全だしな」


 そこらへんは、やはりゲームの設定と同じようだ。


「けど、ここで暮らすには当然物資が必要になってくる。外で食い物を探したり、突然現れるモンスターと戦ったりな。だから毎日不安だし、人手は多いに越したことはねえ」

「えっと……つまり何が言いたいんでしょうか?」

「お前さんみてえな『勇者』の力は頼りになるってこった」


 もっと真っ直ぐ言ってほしいと十束は思う。そんな思いが通じたのか、海東がニヤリと笑みを浮かべて言う。


「俺らの仲間になってくれるなら、この〝ベース〟に入れてやるが、どうよ?」


 ……なるほど。すでに〝ベース〟という言葉を知っているらしい。


(つまりは、そういうこと……だよな)


 十束はある事実を理解し、心の中で首肯した。


「こちらとしても一人じゃ心細かったところです。安全に過ごせる場所があるなら、俺も微力ながら力をお貸しします」


 海東が、瞬きせずに十束の目をジッと見返してくる。


「……よし。その言葉、信じるぜ。ただ、もしここで問題を起こしたその時は……」

「ええ、追い出して頂いても構いません」


 元より敵対意思などないので、そこは問題ないだろう。


「ちょっと海東さん、マジでいいんですか? 井狩いかりさんに聞かなくても……」


 井狩という名前を聞き、十束は内心で(やはりか)と思った。


「おっと、そうだったな。まあ大丈夫だと思うが、ちょっと待っててくれや、咲山」


 そう言うと、少しその場から離れた海東が、またもトランシーバーを使って話し始めた。さすがに会話の内容までは、詳しくは聞き取れない。

 しばらくして戻ってきた海東が、グーサインを十束に向けた。


「井狩さんには承諾してもらった。けど条件として、とりあえずは連れてこいっつう話だ。おい、開けてやれ」


 海東がそのように言うと、「へいへい」と肩を竦めた高森が、バリケードをいじると、鍵を開けたような音がして、それこそ扉のように開いた。

 中に入るように促された十束は、「お邪魔します」と一言述べて足を踏み入れる。


「さっき言ったように、これからこの〝ベース〟のマスターに会ってもらうから、俺に付いてきてくれるか? 高森は、ここで番をしててくれ。何かあったらすぐに連絡入れろよ」


 海東の言葉に対し、十束と高森が同時に返事をする。 

 そして、海東が歩き出したので、十束もその後に静かについていった。




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