第7話
「が、骸骨!?」
とりあえず初見ということで驚いておく。まあ、知っていたけれども。
「ムハハ! 驚かせてすまないねぇ! 僕はこう見えて無害だから安心しておくれよぉ」
赤いアロハシャツを着込んだ、馴れ馴れしい言葉遣いをする人骨。この厳粛な趣さえ感じる館には、到底似合わない存在である。
「骸骨が……喋ってる……!」
「骸骨だって喋るさぁ。何たって僕は生きた骸骨だからねぇ」
生きた骸骨という矛盾に孕んだ言葉に、若干十束の頬が引きつった。
「まあ安心しておくれよぉ。取って食おうなんて思わないからさぁ。ていうか、人間なんて食べても美味くないからねぇ。僕はこう見えて美食家なんだよぉ。どうせ食べるなら、人間よりもフルーツが良いねぇ。甘~くてジューシーなヤツがさぁ」
というより骸骨なのに、食べ物を食べられることの矛盾。先ほどから矛盾ばかりである。
「は、はあ……ていうかあなたは一体? それにここは……?」
もちろん聞くまでもないのだが、すべて知っていてここにきたことは誰にも言えない。特に目の前のコイツに関しては。
何せ設定では、コイツは好奇心の塊。少しでも興味を引けば、それが納得できるまで追求し続ける性格で、それに付き合わさせられると、一時間でも半日でも丸一日でも質問攻めに遭う。
「ふむふむぅ、どうやら誰かの紹介、というわけではなさそうだねぇ。偶然……珍しいこともあるなぁ。まあ、ここの出入り口は気ままに開くから、たま~に君のような者が入ってくるけどねぇ」
偶然ではないが、そういうことにしておいてもらおう。
「ま~、細かいことはいっか。まずは自己紹介から始めようかねぇ」
喋る骸骨が、一つ咳払いをしてから続ける。
「僕は、この【隠遁の館】の主――ワイツ・レッドフォン。そして、ここへ君を案内してくれたのは、僕の忠実なる肉奴れ――ひぃっ!?」
直後、グサグサっと、ナイフが二本、ワイツの顔面の両側スレスレに突き刺さった。高そうな黒革の椅子に穴が開くのはもったいない。
振り返ってみると、メイドがナイフを構えていた。
「冗談はそこまでに。それとも、もう一本……いきます?」
「ひぃぃぃ! じょ、じょじょ冗談に決まっているじゃあないかぁ! イッツ・ア・スケルトンジョーク! ムハハハハ!」
メイドが溜息交じりにナイフを懐にしまう。
再度、ワイツの方を見ると、どこかから取り出したハンカチで、「はぁー怖い怖い」と言いながら額の汗を拭っている。
(てか、汗かくんだ……)
骨なのに……というツッコミは心の中だけにしまっておく。
「ふぅぅ……え~っと、何の話だっけ?」
「そちらのメイドさんの紹介だったと思いますけど?」
「おっと! 意外に君は冷静だねぇ! んじゃ早速、紹介の続きを。そこにいる子だけど、名前は――ヴィヴィ。見て分かる通り、僕に仕えてくれているメイドさんだよぉ。ま、怒らせたら誰よりも怖いけどぉ……」
先ほどのナイフ攻撃を思い出したのか、恐怖で声が震えている。
知っているけれど、この二人の関係は本当に面白い。基本的にシリアスが多いゲームではあるが、この二人のやり取りは、見ていてクスッと笑ってしまうものがあり、十束も気に入っているのだ。
「あの、ところでここはどういう場所で……?」
「おっとっと! そういえば話の途中だったねぇ! さっきも言った通り、ここは【隠遁の館】って言ってねぇ、言うなれば異空間に存在する洋館さぁ」
「……異空間?」
「恐らく君は、空間の歪みに足を踏み入れたんじゃないかい?」
「……そういえば、ユラユラ揺れる壁の中に入りましたけど」
「ふむふむぅ、そこがココと繋がる入口だったわけだよぉ。あ、でも毎回あそこに出入口が生まれるわけじゃないからねぇ。さっきも言った通り、ここの出入り口は気まぐれに開く。次はどこに開くかは、この館の意思次第なのさぁ」
「……館に意思が……まるでこの館そのものが生きてるみたいな言い方ですね?」
十束の言葉に、「ほほう」と感心したような声を上げるワイツ。
「鋭いねぇ。その通り、この館は魂を持っているんだよぉ。ま~、信じるか信じないかは好きにするといいけどねぇ」
生きているというよりは、そういう設定を持たせた能力というのを知っている。ただ、出入り口がランダムというのは嘘だ。その気になれば、指定した場所に出入り口は開ける。
おいそれと開くとリスクがあるので、彼らはそのリスクを恐れてもいる。
今回、あの場所に出入り口が開いていたのは偶然ではない。彼らには彼らの目的があって、あそこに開いていた。
そして、そこを見つけられるような人材を探してもいる。まあ、そのことはまた後でいいと思うが。
とにかく彼らが、こうして異空間に引きこもっている理由がちゃんとあるということだ。
(ま、これで目を付けられるのは確かだけど。こっちにとってもリターンは大きいしな)
厄介さも当然あるのだが、相応に利もあるので問題ない。
「この館に来るには、太い運が必要になる。そんで、運が太い奴は将来性が二重丸ってのが、僕の持論なんだよねぇ」
「……結局俺は何かされるんですかね?」
「いやい~や、その逆。ここに来た君には、多大な支援をさせてもらおうって話さぁ」
そこは微力ながらもとは言わないらしい。随分と自信家である。
「支援……ですか?」
「そのと~り! 君が欲しいもの、例えば武器、アイテム、食材、そして情報、ここにはな~んでも揃ってる」
「つまり、ここは店……いわゆる何でも屋ってことですか?」
「ザッツ・ライト! 飲み込みが早いのは助かるねぇ。そういうことだよぉ」
「あなたに頼めば、俺が望むものを用意してくれると?」
「それがココにあるのならねぇ。た・だ・し、きちんと払うものは払ってもらうよぉ」
……やはりゲームと同じく無料ではなさそうだ。
「払うもの……金、ですか?」
「もしかして文無しかなぁ? なら不必要なものを売却してくれてもいいよぉ。んで、換金した分で購入してもいいし、貯金に回したっていい。さぁ、どうするぅ?」
実際の所、地球での金は、そのままでは通じないだろう。一応ゲーム上では、〝ペリン〟という通貨を設定していた。
「じゃあ、買い取ってもらいたいものがあるんですけど」
「いいよぉ。レア度の高いもんなら、たか~く見積もってあげるよぉ」
十束は、《袋》から、余りに余っている初期武器を取り出す。とはいっても、いきなり三十個を超える数は出せない。
何故なら、通常は三十個を超える荷物を収納できないからだ。できるとしたら、相応の『勇者』のスキルだけ。
それにここで欲しいものは食料だから、大した金は必要ない。
「おほぉ~! これはまたぁ、いろ~んな武器ばっかだねぇ」
ワイツの前に、剣や槍など、数多く被っている武器をニ十個ほど出した。
「これぜ~んぶ買い取りでいいんだねぇ?」
「はい、よろしくお願いします。それで換金した分で、食料が欲しいんですけど」
「よしよ~し、じゃあリストを見てねぇ」
彼がそう言うと、突然目の前にシステム画面が現れる。ただし、そこにはステータスではなく、【ワイツのショップ】と書かれており、武器やらアイテムやら食材やら、まるでネットショップのような感じだ。
ジャンルから選び、ア行やナ行などの文字列を指定することで、そこに納められたリストを確認することができる。
(ここにしか売ってない武器とかアイテムがあるんだよな。けど今は金が足りねえし、信用も不足してる)
ワイツへの貢献度が上がれば、ショップでの優遇度も比例して上がる。すると、珍しい品を勧めてくれたりするのだ。その中には、物語でキーアイテムになるものもある。
思ったより、ニ十個の初期武器は高く買い取ってもらえたので、その分で、しばらく困らないくらいの食料とアイテムを購入しておいた。これで空腹ともお別れだ。
「うんうん、お互いに良い取り引きができたようだねぇ」
「助かりました。実のところ、食料に困ってて」
「ムハハ! ならやはり君は運が良い! そんな君に、これをプレゼントしておこうかぁ」
そう言って、受け取ったのは――〝鈴〟。
「それは――《呼び声の鈴》。壁に向けて鳴らせば、いつでも館が応えてくれるよぉ」
「つまり、これを鳴らせば、好きな時にここへ来られると?」
「そうだよぉ。けど、館の機嫌が悪くなかったらねぇ」
「何か凄そうな代物ですけど、いいんですか? 俺、偶然だったし、誰かに紹介されたわけでもないのに……」
とはいえ、主人公……というか、ユーザーは一度足を踏み入れれば、こんな感じで必ず鈴をもらえるのだが。そして、この鈴をもらうことが、十束の一番の目的だった。
「いいのいいのぉ。こっちとしても良い取り引き相手は大切にしなきゃだしねぇ」
「……分かりました。では、ありがたく頂いておきます」
「ほいほ~い。……あ、ところで君の名前、まだ聞いてなかったねぇ」
「えっと、咲山十束っていいます。咲山でも十束でも好きに呼んでください」
「OKOK~。じゃあ、トツカくんと呼ぶとしようかぁ。それでトツカくん、まだ買いたいものはあるかなぁ?」
「いえ、もうありません」
「りょ~かい。じゃあ、今後ともお贔屓にぃ~」
すると、その声と同時に、背後の扉が開く。ヴィヴィが開けたようだ。その先は、先ほどの通路ではなく、真っ白な光に包まれた空間が広がっている。
「こちらの扉を潜れば、元の世界に戻れます」
相変わらずの無表情のまま、ペコリと一礼をするヴィヴィ。
「あ、えっと……お世話になりました、ヴィヴィさん?」
「……いえ。ではトツカ様、ご武運を」
後ろでは「まったねぇ~」と、揚々と手を振るワイツがいる。
十束は、二人に会釈をしてから扉を潜った。
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