第6話

(でも、俺には関係ないんだよな)




 無双のスキルである《自在界入》を使えば、その設定すらも都合の良いように書き換えることができるからだ。


 そうして《袋》から取り出した武器は――刀である。




 黒い鞘に納められた銀色の刃。ずしっと重さを感じるが、恐らく適正がない者が持つと、もっと重く感じるはずだ。




(やっぱ日本人なら、一度は刀を振るってみたいしな)




 『刀の勇者』の初期武器であり、特殊技能も無い何の変哲もない武器だが、やはりこの造形は美しい。刀は日本が誇る最高の芸術の一つだと思う。


 心の中で意気込むと、こちらに背を向けたゴブリンを見て、素早くその場から駆け出す。




 そして、あっという間にゴブリンとの間合いを詰め、相手が気づく前に鞘から抜いた刀で、相手の首を寸断した。


 ほぼ抵抗なく骨すらも断ったが、逆にあまりにも手応えが無かったことで、十束自身が驚いたくらいである。




 見事な一撃で首と胴に分かれたゴブリンは、成す術なく地に伏せ、そのまま無数の泡となって消えた。このエフェクトは、ゲームでモンスターが死ぬ時に見られる。




「……ふぅ。思ったより楽だったな。やっぱ、これって『無双勇者』のステータスのせいだろうな」




 普通はこんな速さで動けないし、レベル1で、前衛職でもないのに一撃必殺などほとんど不可能だ。それにもかかわらず、十束は楽々とそれをこなしてしまった。


 つまりは、それだけ『界の勇者』の力が強いということだ。




「お、ちゃんとドロップアイテムもあるみたいだ」




 《袋》を確認すると、〝新着〟のリスト内に《ゴブリンの耳》が入っていた。


 こんな感じでモンスターを討伐すると、各々に応じたドロップアイテムが手に入る。その中にもレア度の高いものもあって、必ず手に入るというわけではない。




 ――ぐぅぅぅぅぅぅ。




(あ……今のでさらに空腹感が増したな。早くあそこに行かねえと)




 初戦闘の勝利に対して、その余韻にもう少し浸りたかったが、それはまた今度とし、急いで歩を進めることにした。




「――――確かこの辺だったはずだが……」




 記憶を頼りに辿り着いたのは、蔓や苔に塗れた建物と建物の間にある細い裏路地、そこを真っ直ぐ進み、途中で見えてくる左の横道へ入る。すると、その先は行き止まりになっていた。いや、行き止まりのように見える――が正解だ。




 突き当たりにある、壁にしか言えない部分に、十束がそっと手で触れる。


 すると、まるで水面に触れたかのように壁が揺らいで波紋を広げていく。




「おお、マジであったな、【隠遁の館ステルス・マンション】!」




 これは見せかけの壁になっていて、この後ろには別空間が広がっているのだ。


 そして、そこにこそ十束が向かいたい場所だったのである。




 恐れずに壁の中へと入っていくと、一瞬目を開けていられないほどの閃光が迸り、次に瞼を上げた時には、目前には驚くべき光景が広がっていた。


 十束が立っているのは、大きな扉の前――玄関口だ。すぐ目の前には二階へ通じる階段があり、突き当たりの壁には大きな肖像画が飾られている。




 そこはまるで洋館のような造形美を備えていて、右側にも左側にも真っ直ぐ通路が繋がっていた。




(いやぁ、知ってたけど、こうして実際に目にしてみると、何だか物寂しい感じがするな)




 埃一つなく、新築のような雰囲気が漂っているが、時を凍らせたような生き物の気配すら感じない静寂さは、些か不気味さを覚えてしまう。


 そう思いながらも、実際にここへ来られたことに感動して周囲を観察していると……。




「――――お待たせ致しました」




 突然声がしたのですぐに視線を向けると、いつの間にか階段を上った先の肖像画の下に、メイド服を着用した人物が立っていた。


 無表情だが、雪のように白い肌と、透き通るようなほど美しい白銀の髪は、思わず見惚れてしまう魅力がある。




「我が主がお待ちです。どうぞ、ご案内致します」




 ペコリとお辞儀をしたメイドは、そのまま十束の反応を待たずに、二階へ続く階段を上っていくので慌てて後を追う。


 二階に到着し、メイドの案内に従って歩いていく。




 その間、十束は彼女の後姿を見ながら感動を覚えていた。


 何せ、このキャラクターは、中々にお気に入りだったからだ。そして、この後に対面するであろう人物もまた、良いキャラをしている。


 通路を歩いているが、窓の外は何も見えない。まるで深夜に活動しているかのようだ。だが、これがデフォルトなのは熟知している。




 まあ、何も知らないユーザーのために、この後、出会うキャラクターが説明してくれるだろうが。


 そうこうしているうちに、突き当たりの扉の前に立ち、静かにその扉を開けた。十束は黙って、そのまま奥の部屋へと入っていく。




 そこは書斎のようで、本棚がずらりと壁に沿って並び、高級そうな絨毯の上には、これもまた高そうなテーブルやソファーがある。また黒革の椅子が、こちらに背を向けて設置されていて、そんな椅子の向こうから声が届く。




「やあやあ、久しぶりの客人だねぇ」




 野太い声とともに椅子がクルリと回転してこちらに向く。そして、同時に椅子に座っていた存在の全貌も明らかになる。




「僕は今、それなりに緊張しているよぉ」




 そこには、テンガロンハットを被った――――――骸骨がいた。


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