第5話

 一日ほどかけて、スキルの使い様を学んだ十束は、ようやく本来のストーリーへと介入することにした。

 十束のような体験をしている人がいても、恐らく十束が一番遅く本番を始めることだろう。何せ、初日から四日以上を費やしているのだから。


 飲み込みが良いゲーマーなら、すでにボス討伐まで手を伸ばしているかもしれない。

 しかし、十束に焦りはなかった。別に、十束は成り上がって邪神を倒す英雄になりたいわけではない。 


 ただ、自分の開発したゲームを、心の底から楽しみたいだけなのだ。デスマーチから解放され、ようやく得られた自由。しかもその自由が、自分にとって最高の展開になっているのだから、できるだけゆっくりと大いに堪能したい。

 だから積極的な攻略は、そういう意思がある連中に任せ、十束は十束でのんびりやるつもりである。


 とはいっても、せっかくだからレアアイテムとか、レアイベントなどは手にしたいと考えている。その中には自分が考えたものもあるのだから楽しみだ。


「おっと、その前に、だ」


 十束は渦の傍で、異様なほど山なりになっている、あるモノたちに視線を向けた。

 そこには、これまで幾度となく繰り返した軌跡を形にしたものが山積みになっている。


 剣や盾などの武器や、服やアクセサリー、壺や本などもあって多種多様だ。

 これらは、十束がガチャの度に手に入れた初期武器である。


「捨てていくのは勿体ないからな。全部持っていこう」


 『勇者』には、《袋》という初期スキルがあり、いわゆるアイテムボックス機能である。ただし、保存できるのは三十種類で数は九十九個が限界。

 ここに回収し、システム画面を開いて、いつでも好きな時に取り出せる便利機能だ。だから『民』もまた、このスキルを優先して取得する者が多い。


 しかし、目の前の武器たちは、大体千五百個くらいある。当然全部収納することなんてできない…………普通なら。

 ここで役に立つのが、十束のスキルである。すでに《袋》の境界に介入し、限界値を変質させ制限を取っ払った。


 故に十束の《袋》の収納量は無限大。何種類でも、何個でも収納することが可能となったのだ。

 十束は、すべての武器たちを回収し、見事に収まっていることを確認して一息吐く。もちろん《メガフォーク》も回収した。


「さて、これでもう完全にこの場所には用はなくなったな」


 そうして十束は、もう思い残すことはなく、改めて渦の中へと突き進んでいった。

 渦の先、ここも何度見たか分からない変わり果てた街並みが広がっている。ただ、これまでと違うのは、後ろを振り返ってみるが、そこにはもう渦が見当たらないことだ。

 ここからようやく十束の冒険が始める。


(あーまずは腹ごなしだな。レベル上げはその後だ)


 とにかく腹が減っては満足に動くことができない。

 十束は身を屈め、周囲を警戒しながら進んでいき、ある場所を目的地として目指す。


 基本的に、どんな【始まりの砂浜】から始まったとしても、ユーザーが冒険を始める場所は決まっている。

 ここが十束の知っている場所なら、これから行く場所には、ユーザーには非常にありがたい存在があるはずだ。


 スキルの《地図》を使い、マップ画面を見ながら突き進む。とはいっても、この地図だが、最初は何も描かれていない白紙状態である。持ち主が進む度に、そこに道の情報が刻まれていくといった感じ。


 こうして自分専用の地図を制作していくのも面白いだろう。時には行き止まりにぶつかったり、思いもよらぬ発見をすることもある。それが冒険の醍醐味だ。

 ただ、十束は自分の知識に従って、立ち止まることなく進んでいく。


(マップ作成も俺が関わってたしなぁ)


 覚えているマップが続く。ゲーム上とリアルでは、実感こそまったく違うが、筋道はほぼ変わっていないので助かる。


(おっと、モンスターか……!)


 地図を見ると、そこには赤い点が浮き上がっていた。赤い点はモンスターを表し、青い点が持ち主を示す。

 物陰に潜み、そっと進行方向にいた存在に意識を向ける。


 そこには、以前見たオーガとはまた別のモンスターが一体いた。オーガよりも遥かに小粒だが、その醜悪な見た目を持つそいつは、およそゲーマーなら知らない者がいないほどのポピュラーな存在。


(……ゴブリン)


 赤褐色の肌で、下半身だけを隠すようにボロ布が巻かれている。その手にはこん棒が握られていて、常に涎を垂らしながら獲物を探るように目をギョロギョロと動かす姿は、ハッキリ言って気持ちが悪い。


(……一体……か)


 周りを見て、そいつだけしかいないことを確認する。

 相手が複数なら、今の状態だと厳しいかもしれないが、一体だけなら何とかなりそうだ。


 それに、奴が邪魔なのも確かだし、ここで迂回するよりは倒して進んだ方が良いと判断した。

 システム画面を開き、《袋》から武器を取り出す。


 とはいっても、『界の勇者』の初期武器ではない。何故なら『無双勇者)』には、初期武器がないのだ。というのも基本的に身体能力が高く、武器が必要ないから作っていなかっただけ。さすがに特殊な専用武器を与えて、これ以上、序盤から強くなるのはどうだろうと思ったからだ。


 またそれぞれの『勇者』に与えられる初期武器だが、別に他の者も装備することはできる。ただ、適正武器ではないということで、その武器を使いこなすことはできないように設定されているが。


 つまり専用武器の攻撃力が10だとすると、他称号の者が装備したら半減し、5程度にまで威力が落ちるのである。また特殊技能なども使用できない。


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