第3話 前科二桁男とまさかの同室

「どうだ? 白状する気になったか?」


 刑事はなおも追及してきたが、俺は「やってないんだから、するはずないでしょ」と言い返し、事態はまったく進展しなかった。


「じゃあ今から奥さんに電話するから、番号を教えろ」


「何て言うつもりですか?」


「ありのままだよ。お前が女性に痴漢して警察署に拘束されてるってな」


「ちょっと待ってください! 私はまだ認めてないでしょ!」


「お前、今『まだ』って言ったよな? ということは、いずれ認める意思はあるんだな」


「そんなわけないでしょ! いちいち、人の揚げ足を取らないでください!」


「なあ、このまま取り調べが長引いたら、いずれ家族や会社に知られることになるんだぞ。お前、それでもいいのか?」


「確かにそれは辛いですけど、このままやってもいないことを認めて、この先前科者として生きていくなんて、私はまっぴらごめんです」


「そうか。じゃあ時間も時間だし、今日はこれで終了する」


 刑事はそう言うと、調書を取っていた刑事とともに俺の身体を引き起こし、そのまま地下の留置場に連れて行かれた。


(うわあ、人相の悪い奴がゴロゴロいるな。こんな所で一晩過ごさないといけないのか……)


 俺は犯罪者たちの顔を見て、改めて自分の置かれている立場を認識した。


「さあ入れ」


 刑事に促され、いくつかあるうちの一つの部屋に入ると、そこには目つきの鋭い、俺と同世代くらいの男が敷布団の上であぐらをかいていた。

 俺はなるべく関わりたくなかったので、隣に敷いてある布団に素早く潜り込み、そのまま寝ようとすると、男が俺の顔を覗き込むようにしながら、「あんた、一体何をやらかしたんだ?」と、ドスの効いた声で訊いてきた。


「痴漢です。……あっ、そうじゃなくて痴漢を疑われたんです」


「ん? どういう事だ? ちゃんと説明しろ」


 俺は男に言われるがまま、そこに至った経緯を詳しく説明した。


「なるほどな。もしあんたの言うことが本当なら、とことんそれを主張した方がいい。でないと、前科一犯になっちまうからな」


「もとより、そのつもりです。やってもいない事で、そんな目に遭ったら、たまりませんからね」


「まあ俺は、今さら前科の一つや二つ増えたところで、何とも思わないけどな。なんせこれまで、両手の指じゃ数えられない程の犯罪をやらかしてきたからな。はははっ!」


「……それは凄いですね」


 その後俺は、男から今まで犯した罪の話を散々聞かされる羽目になった。





 翌日、俺は寝不足の状態で朝食を済ませると、すぐに昨夜の続きが始まった。


「どうだ? 一日経って、少しは考えが変わったか?」


「いえ。一ミリも変わっていません」


「昨日、奥さんに電話したら、お前のことを凄く心配してたぞ。いい奥さんじゃないか。これ以上心配かけるようなことはもうやめろよ」


「この令和の時代に泣き落としですか? そんなことをされても全然応えないので、無駄なことはしない方がいいですよ」


「なんだと? こっちは良かれと思って言ってるのに、無駄とはなんだ」


「無駄だから無駄だと言ったんです。それよりもっと建設的な話をしませんか?」


「うるさい! 容疑者のくせして、俺に指図するんじゃねえよ!」


「今度は威嚇ですか? それも無駄だから、やめた方がいいですよ」 


「やかましい! お前、少し黙ってろ!」


 その後、取り調べは昨日同様まったく進展せず、俺はもう一晩留置場で過ごすことになった。


「どうだ? 昨日から何か進展はあったか?」


 職員から支給された弁当を一緒に食べながら、男が訊いてきた。


「いえ。刑事はまったく私の言う事を聞いてくれません。それどころか、令和のこの時代に泣き落としや威嚇をして、吐かせようとするんですよ」


「まあ刑事の取り調べなんて、今も昔も大差ないからな。それより、今のままだと、ちょっとまずいかもしれんな」


「まずいとは?」


「今回のケースは女が証言を覆さない限り、起訴される可能性が高いんだ。こういう場合は時間が経てば経つほど言い難くなるから、少しでも早く女がそうしてくれるといいんだけどな」


「やはり、それに賭けるしかないんですね。でも、あの女、かなりの変わり者だったからな……」


「その女がよほどの異常者でない限り、今頃良心の呵責かしゃくさいなまれていると思う。後はそれに期待するしかないだろうな」


「そうですね」 


 やがて弁当を食べ終えると、俺は女が一日でも早く改心してくれることを願いながら、眠りについた。

 

 





   

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