第2話 冤罪はこうして作られる

 やがて警察署に着くと、俺は【取調室】と書かれた札がかかっている部屋に入れられ、早速事情聴取が始まった。


「まずは名前をフルネームで答えろ」


「安藤丈一郎です」


「聞くところによると、お前まだ痴漢したことを認めていないようだが、早く認めて楽になった方がいいんじゃないか?」


「やってもいないものを、認めるわけないでしょ」


「ふん。どうせ、最後は認めるくせによ。まあ、それはいいとして、今からそこに至った経緯を詳しく説明しろ」


 さっきの警官と同様、完全に俺を痴漢扱いする刑事に腹が立ったが、とりあえず刑事の言うことを聞くことにした。


「最近ずっと残業が続いていて、私は心身ともに疲れていました。とても駅まで立っていられないと思って空いてる席を探していたら、ある女性の隣の席が空いてるのを見つけて、私はすぐにそこへ向かいました」


「それで?」


「女性が座席にかばんを置いていたので、『このかばん、どけてくれませんか?』と頼んだんです。そしたら『なんでそんなことしなければいけいないのよ。探せば他にも空いてる席があるから、そっちに行ってよ』と言われました」


「はあ? 女性は本当にそんなこと言ったのか?」


「ええ」


「ふん、まあいい。じゃあ続きを話せ」


「私はなおも『もう歩けないから座らせてくれ』と頼んだんです。そしたら『あんたみたいなおじさんが隣に座ったら、臭いが気になって仕方ない』と言ったので、さすがに私も頭にきて『うるさい。早く座らせろ』と言ってやりました」


「それで?」


「女性は渋々と言った顔で、かばんを自分の膝の上に移動させました。私はすぐにそこへ座って、携帯をチェックしていたんですけど、そのうちに急に眠たくなって、そのまま寝落ちしてしまったんです。その後、何分かして目が覚めると、周りに人だかりができていました」


「人だかり?」


「ええ。私もわけが分からず、なんでこんなことになってるんだろうと思ってたら、突然女性が『この人、さっき私のこと触りました』と大声で周りの人に訴えたんです」


「それでお前はどうしたんだ?」


「もちろん私は否定しました。しかし、女性の方も断固として譲らなかったので、そのまま触った触ってないの言い合いをしてたら、しばらくして駅に着いたため、私は乗客に身体を拘束され、無理やり電車から引きずり降ろされたんです」


 俺の告白を聞いて刑事はしばらく考え込んでいたが、やがて俺の目を真っすぐ見つめながら喋り始めた。


「お前が今言ったことはすべて事実なんだな?」


「はい」


「じゃあ、なんで女性はお前のことを痴漢扱いしたんだ?」


「恐らく女性は根に持っていたんだと思います」


「どういう事だ?」


「女性は隣に誰も座ってほしくなくて、わざと座席にかばんを置いていたんでしょう。それを私が半ば無理やりどけさせたものだから、私に対して憎悪の気持ちがあったんじゃないですかね」


「ということは、女性はお前に仕返ししようと思って、あらぬことをでっち上げたのか?」


「はい」


「はははっ! 何が『はい』だ。そんなことあるわけないだろ」


「なぜそう言い切れるんですか?」


「女性というものは、たとえ痴漢に遭ったとしても、自分からは中々言い出せないものだ。そんなことしたら、周りから好奇の目で見られるからな。だから、そんなくだらない仕返しのために、自分の身を人前にさらすなんて、あり得ないんだよ」


「普通の女性はそうなんでしょうけど、あの女は異常だから、その理論は当てはまらりませんよ」


「お前、あくまでも、白を切る気か? そんなことしても、なんの得にもならないぞ」


「だから、私は何もやっていないんですって!」


 刑事のかたくなな態度に思わず声を荒らげてしまったが、彼はそんな俺を見ながら「どうやら泊まりになりそうだな」と呟いた。


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味だよ。このまま痴漢したことを認めなかったら、今日お前はここに泊まることになるんだよ」


「それは困ります! このまま家に帰らなかったら、妻や子供が心配します!」


「じゃあ、さっさと白状しろよ。そしたら、今日中に家に帰してやるから」


(なるほど。こうして冤罪は作られるんだな。でも、俺はその手には乗らない。最後までとことん戦ってやるからな)


 刑事の厳しい追及を受ける中、俺は心の中でそう決意していた。





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