第1話「初日から大ピンチ!!」

 今日の仕事を終え、疲れ果てた顔で帰路きろにつく俺は、大きなため息を吐いた。

 だが、今日のため息は、自分の人生を振り返って惨めみじめな気持ちになったからではない。家にいるマリオンのことを考えたからだ。




 時間は遡り、昨日の午後10時過ぎ。

 人気のない公園でマリオンに押し倒された俺は、身動きが取れずにいた。

 

 初めはこんな気弱な女性に、俺を襲う勇気などないとたかをくくっていた。

 だが、それは俺の見当違けんとうちがいだったということを理解した。

 今の彼女は欲望のままに人間を襲う、悪魔そのものだ。


 だが、そんな彼女を見ても、抵抗する力などわいてこなかった。

 それは彼女に同情したからではない。

 俺が童貞だからだ。

 

 生まれてこの方キスはおろか、まともに手をつないだことすらない俺にとって、今の状況はチャンスといえる。

 そう、念願の童貞を捨てるという。


「抵抗しないんですか?」

 そんな俺を見て不思議に思ったのか、マリオンが口を開いた。

 俺は本当のことを彼女に伝えようか悩んだ後。

「俺の体で君が助かるのなら、安いもんだ」

 嘘をついた。

「信二さんって、本当にお人よしなんですね」

 クスクスと笑うマリオン。その行為一つ一つに、独特な色気が漂っている。

「それじゃあ、いただいちゃいますね♡」

 徐々にマリオンの唇が近づいてくる。

 人生で初めてのキスが、まさかサキュバスとなんて思ってもみなかった。

 そんなことを思いながら、瞳を閉じる。

 それと同時に、記憶の奥底に眠っていたを思い出した。


『サキュバスと行為に及んだものは、

 それはオカ研にいたころ、サキュバスについて調べていた先輩がつぶやいた何気ない一言だった。


 次の瞬間、俺は目を開いた。

 そして唇を重ねようとするマリオンを押しのけ、距離をとった。

「ど、どうしたんですか?」

 急に押しのけられたマリオンはその場に尻餅をつき、唖然とした表情をしている。

「いや……実は……」

 本当のことを言おうか悩んでいる俺を見て、マリオンは再び不敵な笑みを浮かべる。

「もしかして、知ってるんですか? サキュバスと行為に及んだら死ぬってこと」

 どうやら彼女には、俺の考えていることなどお見通しのようだ。

 俺は肯定の意味を込めて、首を縦に振る。

「でも、言いましたよね。『俺の体で君が助かるのなら、安いもんだ』って」

 自分で言ったことだが、改めて他人に言われると恥ずかしさで死にたくなる。

「そ、それはそうだが……」

 言葉に詰まる。

 それと同時に、自分の軽率な行動を心の底から後悔した。

 そんな俺を見て、マリオンは大きなため息をついた。

小さな声で「意気地なし」とつぶやいたのち、言葉を発した。

「じゃあ、こうしませんか?今から1週間、信二さんの家に居候いそうろうさせてもらいます。その1週間の間に、信二さんが欲情したら襲っていいってことで」

 思いもよらぬ彼女からの提案に、俺は唖然とした。

 俺にとって悪い条件ではない。なぜなら1週間もの猶予が与えられたのだから。

「いだろう。その条件、受ける」




 あの時は深く考えずマリオンの条件を飲んでしまったが、今思い返せば相手はサキュバスだ。あの手この手を使って俺を欲情させようとしてくるだろう。

 だが、もとはといえば俺の軽はずみな発言が原因だ。これは神が俺に与えた罰なのだろう。

 そんなことを考えていると、気づけば俺が住んでいるマンションについていた。

(あれこれ考えても仕方ないな)

 俺は深呼吸を済ませたのち「よし!」と気合を入れ、マンションの中へと入っていった。


 玄関の前に立ち、扉を開ける。

 そこには見慣れた光景が広がっている。はずだった。

 明らかにいつもと違う光景が、俺の目に飛び込んできた。そう、マリオンだ。

 彼女は上下黒の下着に身を包み、俺の前に立っていた。

 そんなあわれもない姿を目撃した俺は、慌てて目をそらす。

「な、なにやってんだよ!」

「何って、あなたの帰りを待ってたんですよ。どうですか? 私の下着」

 視線を逸らす俺をからかうように、こちらに近づいてくる。

 俺は慌てて後ずさりする。しかし、後ろには扉があり、事実上の行き止まりだ。

 扉と背中がぶつかる。これ以上後ろに下がることはできないというのに、マリオンは歩みを止めない。

 ついには、体と体が触れ合いそうな距離まで近づいていた。

「お気に召しませんでした? 私は結構気に入ってるんですよ」

「別にそういうわけじゃ……」 

 そう呟く俺を見て、クスクスという笑い声が聞こえてくる。

 まるで困っている俺をからかっているようだ。

「それなら、しっかり見てくださいよ♡どうせなら、触ってもいいんですよ♡」

 そう言ってマリオンは俺との距離をさらに詰め、体を密着させてくる。

 それにより彼女の豊満な胸が俺の体に当たり、形を変形させている。

(まずいな。このままだと……)

 このままだと、俺は自制心じせいしんを失って、彼女のことを襲ってしまう。

 そんな俺を見て、彼女はとどめと言わんばかりに、耳元でささやいた。

「我慢しなくていいんですよ」

 吐息交じりの色っぽい声が、聞こえた次の瞬間。


 俺は意識を失った。

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居候中のサキュバスは×××したい れいさ @fubuki_4116

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