居候中のサキュバスは×××したい

れいさ

プロローグ「サキュバスと出会った日」

 大きなため息をつくと、俺は手に持っているコーヒーを一口飲んだ。

 口の中には芳醇ほうじゅんな香りと苦みが口の中いっぱいに広がる。

(まるで俺の人生みたいな味だな)

 そんなことを思いながらもう一度大きなため息をつく。

 雲に隠れて見えない月を眺めながら、俺は今までの人生を振り返った。


 地元の高校に通っていた俺は、このままではだめだと思い、東京の大学に入った。

 だが東京の大学に入ったからと言って何かが変わるはずもなく、やりたいことも見つからないまま大学を卒業。

 その後は新卒で入った今の職場で、7年近く働いている。

 妻はおろか、彼女すらいない。それどころか、今までの人生で付き合ったことなど一度もない。いわゆる童貞というやつだ。

 毎日夜遅くまで働き、家に帰れば一人寂しく食事や風呂を済ませ眠りにつく。そんな面白味おもしろみのない人生を送ってきた。

 

(惨めだな。俺の人生)

 残りのコーヒーを一気に飲み干し、今日の晩飯のことを考えながら空き缶を捨てようとゴミ箱に近づく。

 すると、ゴミ箱の近くに誰かがいることに気が付いた。

 ゴミ箱の裏で小さくうずくまっており、近くに来るまで気が付かなかったそれは、俺に背を向けながら小さく震えている。

「大丈夫ですか?」

 他人にあまり関心のない俺だが、さすがに心配になり声をかけた。

 少ししてから、俺の存在に気づき振り返る。それと同時に、今まで雲に隠れていた月があらわになり、あたり一面を明るく照らす。

 そのおかげで、その人が女性であること、泣いていること、そして人間でないことがわかった。


 腰まで伸びたピンク色の髪に、サファイアのような青い瞳。服装は背中が大きく露出しており、月明かりに照らされとても神秘的に映っている。

 何より特徴的なのは、頭から生えているヤギのような角、そしてお尻のあたりから生えている尻尾だろう。

 

「もしかして、悪魔ですか?」

 彼女の容姿を見て、反射的にそう問いかけた。

 すると彼女は俺の問いに「イエス」と答えるように、無言で首を縦に振った。


 彼女を落ち着かせようとベンチに座らせ、新たに買ったコーヒーを差し出す。

「ありがとう……ございます」

 小さな声で令を言ってからコーヒーを受け取り、ちびちびと飲み始める。

 そんな彼女の隣に座り、失礼だとは思いながら彼女の容姿を観察してみる。

 

 先ほどは角や尻尾ばかりに注目していたが、改めて観察してみると、スタイルがいいことに気が付く。

 大きく露出した胸には立派な谷間ができており、服装と相まって目を奪われそうになる。腰付近は全くと言っていいほど布がなく、くびれやへそが大きく露出している。スカートは履いているが、丈がすごく短い。そのせいで先ほど正面に立った時パンツが少し見えた。太ももは肉付きがよく、かと言って太すぎない絶妙なバランスを保っている。足は太ももと違ってすらっとしており、彼女が履いているニーソックスと合わさってとても美しい。

 角や尻尾がなければモデルや女優と間違ってしまいそうなほどスタイルがいい。


 その容姿ようしを見て、俺の中にとある考えが浮かんだ。

 そのことを確かめるため、俺は彼女に話しかける。

「君、もしかしてサキュバス?」

 すると、先ほどまで安心した表情でコーヒーを飲んでいた彼女が急にむせた。そして慌てた様子で「ち、違います!」と否定の言葉を述べた。

 だが、彼女の様子を見る限り図星ずぼしだろう。

 まさか高校時代に、らくそうという理由で入ったオカルト研究部の知識がこんなところで役に立つとは思わなかった。

 そんなことを思いながら、俺は言葉を続けた。

「別に隠さなくて大丈夫だよ」

 俺の言葉を聞いた彼女は安心したのか、落ち着いた様子で話し始めた。

「確かにサキュバスです。実は私、魔界まかいから最近こっち人間界に来たんですけど、心細くてなかなか行動できなかったんですよね」

「それでゴミ箱の裏で泣いていたと」

 俺の言葉に無言でうなずく。

 気づけば彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

 彼女の気持ちは痛いほどわかる。

 なぜなら上京したての頃、友達や知り合いが誰一人おらず、軽いホームシックになったことがある。

 だからこそ、俺は彼女の手助けをしたいと思った。同じ境遇きょうぐうを辿ったものとして。


「なら、うちに来ないか?」

「え?」

 俺の言葉に、彼女は驚いたような声を出した。

 無理もないだろう。今日知り合った見ず知らずの人間が、いきなりこんなことを言ってきたのだから。

 だが俺の心に迷いはない。

 彼女に俺と同じような思いをこれ以上させたくない。そんな思いでいっぱいだった。

「でも迷惑じゃないですか?」

「大丈夫だよ、俺一人暮らしだし。女の子が一人増えるくらい、迷惑なんて思わないよ」

 

「それなら……よろしくお願いします」


「そうと決まれば、いろいろと買い出しに行かないとな」

 ベンチから立ち上がり、腕時計を見る。時刻は10時を過ぎたあたりだ。

(この時間なら近くの雑貨屋ざっかやが開いているな。そこで寝具や着替えを買うか)

 そんなことを思っていると、隣に座っていた彼女も立ち上がる。その顔には涙の跡が残っているが、表情はどこか安心している。

「そういえば、名前をまだ聞いてなかったな。俺の名前は谷村信二たにむらしんじ。君は?」

「マリオンです」

「いい名前だね」

 そういわれ、マリオンは笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、家まで案内するから、あとをついて……」

 言葉の途中で、俺は地面に倒れこんだ。いや押し倒された。ほかでもない、マリオンに。

 

 マリオンの顔は、不安な表情でも、安心した表情でもない。獲物を見つけた狩人ハンターのような表情を浮かべている。

「これは一体どういう……」

 言葉の途中でハッとした。

 彼女マリオンはサキュバス。そしてサキュバスの主食といえば……


「信二さん。いただきます♡」

 

 俺はこの日、己の言動げんどうを後悔した。

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