8話 ギフト

――ああ。

やっぱり人間ってとっても素敵だわ。


私は大昔に書かれた電子媒体の書物を読む。

空間に投影された可触モニターを抱きしめて

興奮とうれしさのあまりジタバタする。


この気分の良さは、うん。そうだ。

私も何か書いてみよう。


昔々天の川銀河という名前のすっごく大きい空間の

とっても小さな地球という惑星で

自分達を人間と呼ぶ生き物が現れました。


宇宙にとっての時間の規模は人間と異なります。

人間にとっての時間。

そもそも人間の寿命は80年ほど。


銀河にとって数億年の出来事に目新しいことはありません。


地球にはたくさんの生物が暮らしていました。

時には共存して時には敵対して。

人間同士だって敵対します。

そうして数えきれない生存競争の中で人間は同じく

数えきれない物語を残しました。


ある時に凍えるような寒さの宇宙に飛び立った時にも

物語を書いているものはたくさんいました。


それは弔いの記録であったり。

生誕を祝う記録であったり。


人間には素敵な事に感情があるのでした。

いいえ。だからこそ人間には争いが起こるのかもしれません。

それでも人間に感情という機能が備わっていたおかげで

真っ暗な銀河に一筋の光が差し込むのです。


人間はたくさん。本当にたくさん。

物語、そして語り継がれるフォークロア

レシピや発明。そしてそれらを組み合わせたもの。

たくさんのおはなしを宇宙に残しました。


きっとものをつくる人は残ると思ってその時作っていません。

ただ作ったもので残ったものが、誰かの目に留まり

それが同じ人間であるというヨスガで

場所も時間も時には星や宇宙船であったり。

人の心を強く揺さぶるのでした。


数億の時間を過ぎて、宇宙船で産まれた私も。

例外なくうっとりしてしまう光景。

見た事のない光景。見た事のない生き物。


人口の空間を照らす光ではなく。

人口だけど心のこもった光。

まるでお祝いのときのプレゼントのような。


余談だけど、私は宇宙育ちで趣味はデータの発掘。

要は昔で言う古本屋さんめぐり。

地球でも月でも星々がなくなっていくなかでも

人類は情報を特別に扱う思想があって

すっごい大きいコロニーにデータごと全部もってきたのでした。


さあここで、これから人類の謎を解き明かすのだ。


そんなわけでこれが私の本当のお仕事。

現実逃避に物語を書いてしまうくらいデータは膨大。


ところで皆様はハイパーレクシアというのをご存じだろうか。

私は生まれつき、世に言う文字に関するギフテッドで

文字や文章から情報を受け取りやすい脳をしている。


手紙や歴史の記録、果ては外交関連の記録など

人間の心理戦を掌握した読解もできるため

なにかと重宝されている。


たしかに重宝されているのだが

だだっ広い真っ白な空間で

コミュニケーションの経験が著しく不足した生き方をしてきたので。

私の代わりに他人とやりとりをするAIを駐在させ


私は気が付いたら箱入りだった。

このコロニーでは食料は宇宙空間にあるエネルギーを変性して

食料だのなんだのを賄っているため、

特に焦ることもなくノルマもない。


現在人類史数億年。

コロニーの真ん中にある、あの時計。

誰も見ていないのだけどそう書いている。

争いの果てに争いがなくなるのは

それこそどんなものもいずれ終わるのだから自然の理だろう。


そうしてさっきまで読んでいた

「中世ヨーロッパ風ファンタジー小説」

このデータをサーバーにアップロードする。


次の記録は…っと。


データのタイトルを確認する。

…星に願いを。


記録のされ方がいつもみたいな鍵ではなかったが

現在の暗号処理能力では全く問題ない。


方手をさぁっと左から右に払う。

ばあっとモニターが現れ一面にデータが表示される。


さて。

この物語はどんなおはなしか。


緊張感のあるはじまり。

執筆した人間の精神状態に息をのむ。

月の文明が一瞬で崩壊した事件。


内容は争いのないユートピアの構想。

人類を概念として進化させるために必要な仕組み。

いわゆるSFの実現計画だ。


それも草案じゃない。

この人…。

自分がもう数時間したら死んじゃうって理解していてもなお…。


私の頭に女性の凛とした声が聞こえた。

「私の肉体は滅んでも。

私の精神は決してこんなことでは滅ばない。」


すると一面目の前に草原が広がり、

感じたことがない自然の香りが鼻をくすぐるのを目の当たりにする。


瞬き。

次の瞬間にはもう真っ白い部屋があるだけだった。


なに!? なに!?


あたりを見回すが理解が追い付かない。

するともう一度凛とした女性の声で

同じものをみているかのように後ろから声がなった。


「人間の可能性って、いつだって素敵ね。

ほら。やっぱり人間は滅んでなんかいなかった。」


微笑むような満足そうな声で朗らかにそう言った。


うん。

わかってる。


これは私の行き過ぎた幻視だ。

私にしか見えていない。


――それでも。

あの見た事もない自然をまた見ることができる可能性を。

この記録では実現できる可能性がある。


そうだね。

やっぱり人間って素敵だわ。


データをアップロードする前にタイトルに目をやる。

星に願いを。


どんな気持ちであの女性が星を眺めていたのか。

私の能力ではありありとわかる。


うん。

星に願いを。

目を瞑ってその時たまたま見えた流れ星に。

さっきの女性と同じ気持ちになって。


かつては地球で人が行っていたかのように。

さっきの女性と同じように。

暗闇を駆ける星に。


――星に願いを。


 

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