6話 ハローワールド


――私の世界は二つある。


世界の始まりは過去から演繹し、現在を視る認知の慧眼。

そして、もう一つ。私は未来が解る。未来を見通す千里眼。

地球の隅から隅へ。余すところなく。


例えば九龍城がどういった構造になっていたか。

私にはすべて理解できる。


言及を求められるのならば、そこに住んでいた一人一人の健康状態とか。


未来は簡単だ。


高い高い塔の上から羽を落とした、"その後"にすぎないのだから。

そのあらゆる可能性。データがあれば一瞬で計測と観測が可能なのだ。

私の脳は特別性。一部電化製品。

所謂サイボーグ。

なんでもはできないけれど、簡単な奇蹟は起こすことができる。

イギリスの田舎町で催すお祭りをたまたま観た。



そんなの、衛星が何千何万と浮遊しているのだからできて当然。


先を視てしまった。

あの小っちゃい女の子がアイスクリームを落とすまで、

実に10秒。

落下時間は1秒以下。

贔屓をしたい時、私はすこしだけズルをする。



"このアイスクリームは落ちない。"

ちょっとだけ女の子に暗示をかける。

こんなものが奇蹟なのか、私自身は気に留めてはいないが

いまでは私も周りもこの力を奇蹟と呼んでいる。

未来。

あと3時間で地球はちょっとした喧嘩で滅ぶ。



大国と大国とそれからまた大国と。

地球を100回はオーバーキルできるほどの爆発で。

連鎖的に、向こう50年は人が住めない星になる。


それがどれほどひどいことになるのか。

こういうのはあくまで個人の想像力の問題だけど。

それだけは、決してあってはならないこと。


私。実はそんな事を止めるのがお仕事だったりします。

所属は世界。

秘密結社とか。そんなところ。


莫大な資本金はあってもお金だけで戦争は止められませんでした。


戦争や争いとは。人が人である以上、原理的な自然行動なのです。


――それでも。私の命がこの仕事によって台無しになるかもしれなくとも。

この賭けによって世界が一度でも救えるほどの奇蹟を起こせるかもしれないなら、

私はそれでいい。


そう。私はきっと死ぬ。

データが増え続け脳がキャパを超えたら、

一部電化製品の脳みそが焼き切れる。


――やっぱり。怖いなぁ。

一瞬の葛藤がよぎった。けれども、時間はない。

世界人口70億人の行動を予知し、不確実性に介入。

3段階のバックアップを準備。

"秘密結社"のチームは慌ただしく、みんな何をしているだろうか。


ピーターはコーヒーをこぼしてタブレットを壊すだろう。

なので原因修正。"ピーターはコーヒーを欲しがらない。"暗示完了。


ああ、音が静かだ。

針が地面に落ちる音が聞こえるほど。透明な透き通る世界。

統計よりデータが増える傾向分析。

あと10分で脳死する。


どうにか。


どうにか世界を。


さあ70億人に暗示をかけて、3時間後ボタンを押させなければこちらの勝ち。

世界経済の安定、鎮静化。

世論のバランスを抑制。

核を使った軍事施設の方々には悪いが、少し体調不良になってもらおう。


こんなことを複数のコアで同時処理している。


ああ、そっか。死ぬんだ私。


それでも。

――これだけやって、自分のできる事を全部やって。



それでもだめなら仕方がない事なんだよね。


ハローみなさん。あと3時間後。

私は死ぬけれど、人類のみなさまお元気ですか。


地球はまだありますか。



それだけが心残りです。


それではさようなら。

またいつかどこかで。


ハローワールド

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