3話 星に願いを

――ああ、綺麗。星が砕けて砕けて

ソラから地上に落ちるのは、とてもとても美しい。

これは何十年かに一度の流星群だそうだ。


今世紀最大の。史上初の。歴史上類を見ないほどの。

こういった類のうたい文句には正直飽きていたところだ。

ああ、でもこんなの生まれてはじめてだわ。

リリカルな表現が思いつかないので

有体に言うなら、流れ星がとっても綺麗です。

私は宇宙服を着込んでヘルメット越しに


片腕の酸素残量を見つめる。

ああそっか。あとちょっとなんだね。

溜息すらもったいないので、我慢我慢。

こういう時、楽天的でユーモアがわかる友人が近くにいないのが残念だ。

現在、西暦を終えて数年たった人類は月での生活をはじめていた。

最初は歴史の遺産?


古い言葉でレガシーというのかしら?

月の土地の権利書で人類はすっごくもめた。

そのあと権利書はぜーんぶ国が買い取りました。

そんなこんなでもーっともーっと混乱しましたとさ。

それからというもの、人類はやっぱり人類として

前の惑星から月に変わっても同じでした。

そう学校の教科書に書いてあった。


歴史の教訓というのは、少しは活かされたけど少しも活かされなかったのね。


月の地上で生活するには市民権が必要だ。

そうでないものは地下へと流れる。



市民権は功績を称えられて手に入れることができる。

一部の特権階級を除いて、"良い事"をすれば市民権は得られる。

もちろん失う事もあるのだけれど、普通はない。

真面目で善人しか市民権は得られない。


だって遺伝子の戦いによる決着はもうここまできているのだもの。


効率を重視したAI搭載のロボットに仕事を奪われた結果とも言える。

そうやってシステマティックに人類は計算されて配置された世界で。

ある日突然。

そうね。

あなたたちにとっては、ある日突然のことではなかったのよね。

地下に住む住人達の大規模な暴動が起きた。


たった24時間で2割の人間が築きあげた文明を、8割の人間にこなごなにされた。

ああ、そっか。うん。

きっと。きっとこういう考え方が私たちはよくなかったのかな。

人間を数で一つにまとめるなんて。

そんなんだから私たち失敗しちゃったんだね。

ソラを見上げるとやっぱり星が綺麗だ。

さーっと、暗闇を駆け抜ける光。

それが短時間でいっぱい。

私。今ので幸せ使い切っちゃったかも。

うん。

今のはジョークとしてはいまいちかもしれない。

ユーモアがわかる友達が近くにいてくれればなぁ。


この辺りは地層の関係で爆発は少ない。

月のお家は距離が離れているかわりにレールが通っている。

その上を車輪の上に大きい箱を載せた

旧文明では路面電車というのが走っているのだ。

もちろん宇宙服を着て。



なんで"路面電車"なんて古い言いまわしを知っているかというと。

実は私。歴史学者なのです。

今のはジョークではないけれど、ユーモアはあったと思う。

でも笑ってくれる人はもういない。

あとはお察しの通り命からがら大きい箱から

たまたま乗り込んだところで起きたテロから急いで脱出。


何もこんな日に、星がこんなにも降る夜に。

静かな静かな宇宙で、やらなくたっていいじゃない。

何十年かに一度の流星群が流れているのよ。

なんて事を思いながら、仕事をこなす。

私の使命は後世に歴史を残すこと。

どんなにひどい歴史でも、私は残します。


それが芽になるかもしれないから。

もう少し、もう少し。

入力しているペンで数式を書いて。

腕が疲れたらソラを眺めて。

あとちょっとで酸素欠乏症で死ぬのに。

少しでも書けたらそれでいいの。私の肉体は滅んでも

私の精神は決して、こんなことでは滅ばない。


私は私の万感の思いをまとめあげて練りこんで。

……もしかしたら今の私は狂気の域かもしれない。

酸素が少ないとさっきからアラームが鳴り響いている。

うるさいなぁ。目なら覚めてる。意識も大丈夫。

これが人生の最後なんだから好きにやらせてほしいものだ。


歴史学者はもう私しかいないのよ。


最後に1文字と短い数式を書き込む。


――っ。


タブレットをアタッシュケースに入れて。ロックをかける。

ああ、やり終えたのね。私。



あと何分だろうか。何秒だろうか。

お願い。

ちょっとだけでいいから、

ゆっくりこの綺麗な流星群を眺めさせて。

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