2話 世界は美しく、美しく ―ダイアローグ―

うさぎとかめがある時かけっこで山のてっぺんまで競争する事にしました。

うさぎは一瞬で遠くまで駆けていきました。

かめは地道に一歩一歩進みます。


うさぎはそりゃなんたって、機敏ですからね。とてもすばしっこいのです。


かめは身体の関係でそんなに速く走る事ができません。



うさぎは昔の言い伝えであった事を知っていたので

途中でいくつも休もうかなと思ったのですが、休まず山のてっぺんにつきました。

それはもうあっというまでした。


一方、かめも同じく昔の言い伝えを知っていたので、

悔しいなと思いながら。

わからない結果のために山のてっぺんまで進み続ける事にしました。

うさぎは山からの景色を少し一望したそのすぐあと、

かめのところへ走りました。

うさぎにとってこの競争自体はとてもたやすい事でしたので

やはりあっという間に亀のところにつきました。

かめは少しの声で言います。

「手は貸さないでほしい。」

うさぎも少しの言葉で応じます。

「そうだね。わかった。」

うさぎとかめは何日かをかけてあの山のてっぺんにつきました。


うさぎは言います。

「これを見せたかった。」

かめは応えます。

「何度も見たくないと思った。けれど。君がいた。

この景色を忘れたりしない。」


歴史の教訓というのは少しだけ大事だとわかっていればとても役に立つのです。


ある時には。

人間だと名乗る鶴が恩返しにきました。

おじいさんとおばあさんは子供ができたように喜びました。


鶴は、一つだけ約束をしました。

夜。何か音がしてもふすまをあけないでほしいと。


おじいさんとおばあさんは昔の言い伝えもありましたし

何よりそんな事はどうでもいいくらいに人間の子供ができたと喜んでいましたから

決してふすまをあけませんでした。



季節が何度も何度も変わりました。

ある寒い日に鶴は何も言わずに一切を理解して

おじいさんとおばあさんに


小さなかすれる声で泣きながら

「ごめんなさい。」と言って

その翼で大きく空を舞っていきました。


おじいさんとおばあさんはその声を同じく泣きながら聞いていましたが。

それでもふすまも玄関の扉もあけませんでした。



はじめからこうなるということはわかっていましたが

それでも嬉しかったから、喜んでいたから。



鶴の事をいつまでも人間だと心の底から信じていました。

それはいつまでも続きました。


ある時です。

みんながおなかが空くという夢を見たその次の日の学校で

みんなが持っている食事を持ち合い分かち合いました。

でもどうして"ある時"にそんな事が起きたかはいつまでもわかりませんでした。

いろんな神様はなぜか秘密が好きになり、

それを信じる人達も秘密が好きになったり。

いつの時代もどこにでも仙人のような人がいて、自分の役割を熟知したため。


ひっそり生きてひっそり死んで。

神様や仙人にとってはそれでよかったのです。


ああ、世界は美しくなる。


美しくなればいい。



もっともっと四季を告げる鳥も花も木々も。

とてもとても美しく。

海は穏やかにおしてはかえすゆりかごで。

その浜辺で恋人どうしはただ静かに聞いているだけ。


なんだ。


ああ、そうか。救いも奇蹟もなにもかもつまっていた。

一人に一つだけ正解がわかっていればそれでよかったんじゃないか。

科学の力だけで世界はこんなに美しくはなれないが、私達には科学が必要で。優劣なく。

火が暖かければ暖かいねと言い合える兄弟がいればよく。


一人であってもそれはどうであれ。

独りになろうとも孤独が来た事を受け入れる世界もあり。

あるとき目が覚めたら世界あたり一面が黄金に輝いて。

宙を浮く自分に驚いて。


いつか、いつか。

誰もが自分はどんな形であれ眠くて眠くてしかたなくなる事がわかって。

だからそれを早める事も遅らせる事も良しとせずに生きる。


これをきっと人生と言って。


なにもがない時に悲しいというのは私も悲しいとか。


そういう気持ちが同じであるとか。


ほんの少しのおんなじところを知っているから。

人間は他の人間をおんなじ"わっか"でとらえて仲良くできたりその逆もあったりして。


美しくあれと願う気持ちが少しでも星に届けばいい。

どの星であれども届けばいい。


向こうの星の推定人類も。

きっとそう思ってくれている事だろうとなんとなく思って。

いつも、いつも、瞬きの間になくなってしまうから気がつかなかった。

ああ、本当にいつも、いつも。



世界は始まりから終わりまで美しく、美しく。

生きる時間も年老いていく過程も美しく、美しく。

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