2-6


「そういえば」


 伊万里は何か思い出したように言葉を吐きだす。


「なんで今日は来ないんです? いつもは帰りたくなさそうな顔をしているのに」


「ん。なんか妹が帰って来いって」


「あら、妹さんがいたんですね。なんとなく高原くんは弟っぽいのに」


 ふむふむ、と頷く彼女の姿。


「……俺って弟っぽいか?」


「ええ。なんか、寄りかかってないと生きていけなさそうなところが」


「……さいで」


 少し、納得してしまいそうなところがある。でも、それに対して理解をすれば、どこか負けたような感情が浮き上がるから考えないようにした。……負けるといっても、俺は何に負けたくないのだろう。


「あれですか。記念日的なやつですか」


「いや、特に思い当たるものはない。何かしらのイベントごとであったら妹だけじゃなく、母さんも声をかけてくると思うから」


「それならなんなんでしょうね。家族会議?」


「さあ? 特に問題行動を起こしたわけでもないし、正直よくわから──」


 ──ああ、今さらになって思い出した。


 皐。皐月。五月。


 うちの親は単純な名づけをするタイプで、俺の名前は好きなスポーツ選手からとったとかで『翔也』、妹の皐は五月に生まれたことから、その異名ともされる『皐月』。


 つまり、それが意味するところは単純に。


「……今日、あいつの誕生日だわ」


「……まさか、忘れていたんですか」


「……面目ない」


 伊万里は一層呆れたようにため息をつく。俺も自分自身に対してため息をつきそうになる気持ちがある。でも、そうしなかった。


「科学同好会云々よりも、妹さんを大事にする方が先決では……」


「今の今まで忘れてたんだよ。しょうがないだろ」


「兄失格じゃないですか」


「……」


 きっと、それを言ったら、俺はずいぶん前から皐に兄としての期待を抱かれていない。


 それを具体的に口に出すことはなかったが、心の中に占有する憂鬱に近い気持ちはどことなく蔓延る。今度こそため息を吐き出してしまった。


「なにか、プレゼントとか用意しないんですか?」


「……思いつかん」


「ほら、妹さんの趣味とか、好きなものとか、それくらいなら思い浮かぶでしょう」


「……」


 ここで思いつくことができる関係性を作ることができていたのならば、俺はきっと家に早く帰ることができていただろう。


 そもそも科学同好会に入ったのだって、家族関係が良好じゃないからだ。


 妹は妹で俺を他人のように扱い、俺はそれを甘んじて受け入れている。愛莉との距離を埋めないために、わざわざ遠回りを繰り返していた俺に、彼女らの気持ちを理解できる要素は少ない。


 長年過ごしたからと言って、それが理解に及ぶ要因になることはない。時間は時間だ。単純な経過しかしていない俺たちにとって、それらを理解する要素にはつながらない。


「一つ、提案しましょうか」


 俺が何も答えないでいると、彼女がわざとらしいように声を浮きだたせながら言葉を呟く。それは、ひとつの悪戯のような、そんな響きがあって、俺は視線を惹かれてしまった。


「……提案?」


「ええ、提案です。それも名案と言ってもいいほどの提案です。これを聞いたら、高原くんは私にひれ伏します」


「そうなのか。それなら聞きたくはないな」


「……ひれ伏す、という言葉だけは取り消してあげます。感謝してください」


 へいへい、と俺は空返事をする。その返事を耳に入れて、彼女はまた俺の脇腹を小突いた。痛い。


「それで? なんだよ、名案オブ提案って」


「オブってつけると、なんか格好いいですね。


 いや、まあそうですね。単純なことなんですけれど」


 彼女は、すう、と呼吸を何度か繰り返すと、俺に向き直って発言する。


「今から、プレゼントでも買いに行きません?」


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