2-7


「本当にいいのか」


 俺が彼女にそう言うと「もう出ちゃった後に言うのは違くないですか?」と返してくる。それもそうだと思った。


 五限目の最中、俺たちは保健室に一度赴くことで腹痛を訴える。気だるげな養護教諭がそれを担任に伝え、俺たちは早退する運びになった。割とやってみると、ここまで単純に物事が運ぶとは思わなかった。


「それで、どこに行きましょう?」


「そうだな。適当にショッピングモールしか思い浮かばないんだが」


「まあ、外れはないですね」


 じゃあ行きましょうか、と彼女はそうして歩みを進める。先導するのは俺であるはずなのに、彼女はどこかリーダーぶって前を進む。彼女の提案がなければ俺は動くことができなかったわけだから、きっとそれでいいのかもしれない。





 学校が終わっていないうちに外に出るのは新鮮な気分だった。授業をサボる、というのは昨日体験して、その違和感についてを咀嚼することはできたが、こんな非現実的な、非日常的体験をすることは昨日の内では想像することができなかった。


 しかも、前には伊万里がいる。


 伊万里と出かけることは今までに存在していない。単純に放課後、コンビニに寄ることだったり、もしくは彼女の提案から公園に寄ったことなどはあるけれども、目的をもってショッピングモールに行くなど、一週間前の自分には想像することができただろうか。


「なんか、じろじろ見てませんか?」


「いや、放課後でもないのにこうして一緒に歩くのは違和感が拭えなくてな」


「……確かに、そうかもしれませんね」


 彼女は、身をよじらせて俺を見つめながら答えた。


「これも、一種のデートと言うやつなのでしょうか?」


「そんなわけないだろサボり魔」


「……なんか少しマジで声が返ってきたのでびっくりしました。そ、そうですよね」


 彼女は一瞬身体をびくりと弾ませてそう答える。


 ……どうして俺は今声をとがらせたのだろう。自分自身でよくわからない。


 デート、という文言に敏感になりすぎているのかもしれない。昨日のことが頭に過ってしまうからだろうか。


 それとも心の裏側で、いつまでも愛莉のことを考えずにはいられないからだろうか。


 どこか、目の前にいる彼女と愛莉の姿を比較せずにはいられない。


 別に彼女たちの本質はすべてが異なっているはずなのに、俺の手を取るように、俺の手を引っ張るように彼女らの仕草は、どこか似通っているように感じる。


 ……そんなことを考えていいのだろうか。それは非道徳的ではないだろうか。


 ……よくわからない。こんな思考を捨ててしまえれば、どれだけ楽になることだろう。


 こんな思考、俺にはいらないというのに。


 高校からの帰り道にもなっている下り坂。彼女と一緒に歩く心地は悪くない。


 きっと独りだったらまたいろいろ考えこんでしまう。そんなことよりも考えるべきことが俺にはあるはずだ。


 憂いを抱えた俺の表情を見通して、伊万里は言葉を吐いた。


「妹さんが好きなものとか本当にわからないんですか?」


「わからないからこそ今お前がここにいるんだろうに」


「せめて、何かしらの情報は欲しい気がします」


 彼女は口をとがらせながらそう言う。


「……そうだな」


 俺は思い当たる節を考えてみる。


 皐は、彼女は昔はどんなものを好きだっただろうか。


 日曜の朝に見かける女児向けのアニメはよく見ていたような気がする。最近はそんな姿を見ないし、なんなら俺は日曜の朝は起きてこないからどうしようもないのだけれど。


 それ以外に思い当たる節。


「料理とか?」


「めちゃくちゃ家庭的な妹さんですね」


「俺もそう思う」


 朝食や昼食となる弁当については、母が仕事に出かける前に作り上げてくれているが、夕食についてはいつも皐が作ってくれている。それが彼女の趣味なのかについては定かではない。もしかしたら嫌々作ってくれているだけなのかもしれない。


「それならエプロンとかプレゼントしたら喜ぶのでは?」


「なんか、料理を強制させているみたいで気が引ける」


「……言いたいこと、なんとなくわかります。わたしも母にエプロンをプレゼントするのは、確かに怖いかもしれません」


「お前がそう言うならエプロンはなしにしたほうがいいかもな」


 そうですね、と彼女は返す。


 そんな当たり障りのない会話を繰り返しながら、俺たちはショッピングモールにたどり着いた。


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