2/Hypocrite
2-1
■
秋の季節に咲く花は、すべてが死んでいるとしか思えない。これから枯れゆく冬の季節に、なぜ彼らは生きようと根を生やしているのかを、私は理解することができない。
彼も、彼女も全員そうだ。あらゆるものが秋に死んでいく。それは私自身もそうなのかもしれない。
乾いた風が葉を落とす。葉っぱはすべて死んでいる。幹の枝からちぎれていった木の葉でさえも、きっと死んでいる。いや、生きてさえいなかった。
踏みつけても、かさりとしか音を立てない。肉がそこにはない。感じるべき葉緑体の要素を私は感じることができない。だから、これらは死んでいる。
死んでいる、死んでいる、死んでいる。どうしようもなく死んでいる。
乾いた風は温くなったり冷たくなったり、生きているのはこれだけだ。それを生きていると肯定するのはどこか苛立たしい。
この世界には死に行くものしか存在しない。その中に生きているものがあるのなら、きっとそれらは偽物なのだ。
◇
「なにかあったのか?」
重松は俺を職員室に呼び出して、そうして俺に言葉を吐いた。
「……いえ、別に何も」
俺は彼の言葉にそう返すことしかできない。きっと重松に対してだけではなく、誰に聞かれてもそう返すだろう。それほどまでにありきたりな返答だ。すべてに対してどうでもいいから。
「いやなぁ……、それで授業サボられる理由としては納得できんよ、流石に」
重松は頭を掻きながら言った。ぼりぼりと掻いた頭から、なにかが落ちるのを見てしまった。どこか不潔な要素を感じずにはいられない。何より、そもそも大人と会話をするのが苦手なのだ。どうにかして話を終わらせないといけない。
「腹痛だったんですよ。昨日の朝に飲んだ牛乳があたったみたいです」
「そんな昨日の飲食物について覚えているもんかよ」
「原因が原因なんで覚えていてもしょうがないでしょ」
重松はふん、と鼻を鳴らした。俺の言っていることが嘘だとわかっているように。
「ともかく、何かしらの事情がある時にはせめて保健室に行け。そうすれば生徒指導問題にはなりえないんだ」
「……これって生徒指導案件ですか?」
「あたりめえだろうが」
怒声を混じらせた大きな声。でも、そこに敵意は存在しない。
「ぶっちゃけるとな、人を叱るのって苦手なんだよ。のらりくらりと過ごしていれば、俺だって文句は言わねえさ。保健室にさえ行ってくれれば、お前が腹痛だっていう言い訳にも信憑性が出るし、なによりこういった説教の時間が減る。するとどうだ、俺も時間が余って仕事ができるし、お前だってガミガミ言われずに気持ちよく学校を過ごすことができる。今どきで言うWin-Winってやつじゃないか」
「教師がそんなことをぶっちゃけていいんすか」
いいんだよ、と重松はがははと笑う。
どこか、重松のことを誤解していたような気がする。
正論だけを吐く面倒な性格、正しいということを楯にして強い言葉だけを投げつける嫌味な人間であると、俺は勝手にそう捉えていた。
でも、彼も一人の人間なのだ。それを誇示するように、彼は安定させるための静かな雰囲気で俺に語りをあげる。
「ま、何事も上手くやれよって話だな。人間器用に生きることができたのなら、それが一番かもしれないけれど、それも難しいしな。無難にやってくれや」
「しげちー……」
俺は揶揄うように彼の名前を呼んだ。彼は、うっせ、とだけ返して、俺を追い返すように手をぶんぶんと職員室の外側へと振り払う。
俺は、少しだけ気がまぎれたような気がした。
◇
『今日は早く帰ってきてください』
携帯に届いていた通知を見届ける。送ってきた相手は皐だった。
『なんかあるのか?』
『とにかく、早く帰ってください』
事情は彼女からは語られない。何か明確な理由があれば行動をしたい気持ちもあるけれど、不鮮明に渡される命令だけだと、どうしても行動をする気にはならない。
──それでいいのか? と俺の心が問いかける。
俺の心はルトを映した。彼の言葉を頭の中に反芻する。それは一つの妄言にも近い言葉を作り上げた。
「適当に過ごしてしまえばいい。別に、理由なんていらないんだ」
その通りだ。その通りのはずだ。
それでも明確に理由を求める。自分のしている行動に、自分がこれからする行動に、自分が行ったすべてのことに。
でも、ここで変わらなければ、俺は素直さを手に入れられないかもしれない。
俺は素直さを手に入れたいのだろうか。
手に入れたいのかもしれない。
理由を求めずとも行動できる所以が欲しいのかもしれない。
そこまで欲しがる理由はなんだ。
記憶は模索したくない。
俺は、生徒会室へと向かった。
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