2-2


「やあ」


 生徒会室に入ると、見知らぬ人物が声をかけてくる。


 男にしては長髪というべきなのか、そこらにありふれているようにも感じるマッシュの髪型をしている。茶髪じみている彼の髪色はどこか人工的だ。愛莉とは違う色の変質を遂げていそうだった。


「……どうも?」


「いや、そんなに警戒しないでくれ。僕は常法寺に頼まれただけだからさ」


「常法寺……?」


 聞き覚えのない名前を聞いた後に、よくよく考えればルトがそんな苗字をしていたことを思い出す。いや、ルトという名前自体違うのだけれど。


 


「ほら、君あれだろ。十月に生徒会選挙に出る予定の……」


「……いや、出るつもりは──」


 ──本当に、そう言えるのだろうか。


「まあまあ、常法寺が推薦しているんだから、ほぼ確約みたいなもんだろうし、よろしくね。俺は赤座っていうんだ」


 赤座はそう言って、俺に手を差し出す。


 慣れない仕草だったので、彼が一瞬何をしているのかわからなかったけれど、数瞬ほど考えた後、彼が握手を求めていることに気づいて、俺は手を差し出す。


 差し出した手は彼にがっしりと握られた。久しぶりに感じる男の肌の温もり……、そう考えた自分がだいぶと気持ち悪い。


「それで? 君は高原……翔也くんでいいんだっけ?」


「あ、そうです」


「よかったよかった。今日はやることがあるんだよ」


 赤座はそうして握った手をそのままに引っ張る。


「生徒会室で仕事をするのでは?」


「いや、今日はポスター監視をやる予定なんだ」


 赤座は俺に一枚の紙きれを渡す。


 紙切れを覗いてみると、『参加部活一覧』と題目がついており、各々の部活同盟が縦に並べられている。


「いやあ、たまにさ。部活動申請をしていないのに勝手にポスターを貼る不届きものがいるんだよね。今日のお仕事はそんな不届きものの排除さ」


「……なるほど?」


 俺はそうして参加部活一覧を眺めてみる。


 なぜ確認しているかと言われれば、そこに科学同好会が書かれているかどうかが不安だったから。


 ……書いていない。


 正式な部活動ではないからだろうか。同好会という枠組みにまだあるせいなのだろうか。


 理由はわからない。


 俺は、赤座に引きずられるままに思索を巡らせた。





「掲示板はそれぞれ昇降口前、各学年の職員室前にあるんだけど、その部活一覧を参照しながら、申請していない部活のポスターは取っちゃってよ。僕は昇降口前と三年生の職員室、君は二年生と一年生の職員室前をよろしく」


 彼はそう言って階下の方へと降りて行った。


 俺は、とりあえず二学年の職員室へと向かう。向かうといっても、赤座に手を引かれていたから場所はすぐそこなのだが。


 ポスターは彩をあふれさせた手書きのイラストにあふれている。単純なスポーツ道具を写真にして飾っている部活、動いている図をイラストに起こしている部活、単純な文言が書き連ねられている部活。そのポスターの中に科学同好会のものはなかった。


 ……なら、大丈夫かもしれない。


 俺は手元にある部活一覧を見て、適当なポスターをはがすことにする。


 掲示板の横にある画鋲抜きで、該当しないポスター。ゲーム同好会、パソコン同好会、まばらながらもちゃんと不届きものとされるポスターは相応に存在することに笑いそうになった。


 通りがかる生徒に見られる。他学年だからこそ痛く刺さる視線。俺はそれを無視した。


 今一度、参照してみて、大丈夫であればそのまま三階へと昇っていく。手元に嵩張るポスターの厚みを感じながら、階段を昇った。





 あってしまった。


 あってしまった、科学同好会のポスターが。


 昨日の俺が物理室に行かない間に、彼女は描き上げたのだろうか。彼女の筆跡が目の前にある。


 ほかにも貼られている部活動がある。運動部のもの、文化部のもの。そこに紛れて空いたスペースに置かれている科学同好会のポスター。


『部員募集中』、シンプルにそう書かれた大きい文言の上に、望遠鏡や月、星が描かれている。細部まで見ると、星の位置はオリオン座の形をしている。彼女らしい、と思った。


 ……どうするべきだろう。俺はここで伊万里が作ったであろうポスターを剥がさなければいけない。剝がさなければいけないのだけれど、俺がこれを剥がすのをよしとしない。納得できない自分がいる。


 別に、誤魔化してしまえばいい。そう思うのだけれど、そうするに足りる理由が足りない。そして、もしここで科学同好会のポスターだけを剥がさず、他の不届きもののポスターを剥がさずにいるというのは不道徳だ。


 ルトが俺のそばで嘲笑っている気がする。


 俺が行動するための理由を見出させようとする。道徳観を試そうとしている。正しさを試そうとしている。


「なあ、君はどんな選択肢を取るんだ?」


 そう嘯く、彼の姿が目に浮かんだ。


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