第16話 2人で過ごす夜に、この涙を君に捧げよう



ダンジョンに入ってから約1時間半。

俺達4人は7層で戦闘をしていた。



「あぶないっ‼」



シーナにミノタウロスソルジャーの斧が迫る。

俺はギリギリのタイミングで斧を受け止めて返す刀で敵を始末する。



「シーナ、今のは流石に危ないよ」


「…ごめんなさい」



思わず強い言い方になってしまった。

しかし、今日のシーナは危険なシーンが多い。



【夢空、ナイス‼】


【シーナちゃん、危なかった】


【今日のシーナちゃん、ずっと心ここにあらずって感じ】


【なんというか、らしくないよね】


【やっぱり皇女バレしたのを引きずってるのかな】@Asari


【普通に心配だわ】



…いや、これは無理にでもダンジョンに入った俺の責任だな。


今日はもう引き揚げた方がいい。これ以上はサラとリアにも迷惑だろう。



「ごめん、シーナ。俺の言い方が悪かった。今日はここら辺にして引き揚げない?」


「…そう、ですね。本当にごめんなさい」


「いや、ダンジョンに入ったのは俺の我儘だから。シーナは気にしなくていいよ。サラとリアもそれでいいか? もう日付も変わってるし、疲れたろ?」


「そうね。お互いの戦闘スタイルも把握できたし、そろそろいい塩梅ね」



流石はサラ。察しスキルが高すぎる。

そんなこんなで俺達は早々にダンジョンから撤退して広場に戻る。





「サラもリアも、今日はありがとう。また誘うよ」


「どういたしまして。シーナ様も、また一緒に探索しましょう」


「…はい。ありがとうございます。」



そう答えるシーナの表情は暗い。

サラが俺に近づいてきて肘で小突いてくる。



「…ハル。あんた、シーナ様を送っていきなさいよ」


「ああ、わかってる」



俺が頷くのを確認してサラはパッと俺から離れる。



「それじゃ、シーナ様、ハル、おやすみなさい」


「ハル、シーナ様、おやすみ~」



2人が手を振って広場から去っていく。

…配信も終わろうかな。でも、このまま配信を終わらせちゃいけない気もする。



「コメント欄を見えなくすることってできるのかな?」



俺小さくが呟くと、視界の端にあったコメント欄が見えなくなる。


…便利なもんだ。もしかしたら普通の配信上でできることは大体できるのかもしれない。






さあ、ここからが本番だ。

このままシーナを帰らすほど、俺は馬鹿な男になるつもりはない。



「シーナ、少し散歩しない?」


「へ?」


「今にも泣きそうな女の子を解放してあげる程、俺は優しくないんだ」



戸惑った表情を浮かべるシーナの手を引き、俺は歩き出す。さて、どこに行こうか。…そう言えば近くに教会の屋上に登れたはずだ。そこに行こう。


横を歩くシーナは暗い表情で俯いている。



「シーナ? 今日は星がよく見えるね」


「え? そ、そうですね…」


「あ、やっと顔を上げてくれた。気分が落ち込んだときは、上を向いて歩こう。俺の住んでた場所でそういう歌があったんだよ。えっと、“うえをむう~いて、あ~るこう~、なみだが、こぼれ~ないよお~に”ってね」


「ふふ、素敵な歌ですね」


「あ、笑った。そうそう、その調子。シーナは笑顔の方が良いよ」



上を向いて歩こう。

シーナは独りぼっちじゃない。一緒に、上を向いて歩こう。



「ほら、“しあわせは~くものうえに~、しあわせは~、そらのうえに~”」



繋いだ手を振って、一緒に歩こう。

かつて泣きべそをかいた妹にしたように、俺はシーナの手を引いて歩く。







「よし、着いた」


誰もいない教会の屋上。

たまたま王都をフラフラしていた時に見つけた穴場スポット。



俺は既に持ち込んでいるシートを広げて仰向けになる。最初は戸惑っていたシーナも、俺の横に仰向けになる。



「おー、夜に来たのは初めてだけど、めっちゃ夜空が綺麗だ」


「そうですね。凄く夜空が近く感じます」


「そりゃいいや。幸せは空の上にあるからな」



俺達の視界の先には満天の星空。

キラキラと輝く星々や、穏やかに浮かぶ青白い月が、俺達を見守る



「…」


「…」



ぼんやりと夜空を眺める。

ちらりと横を見ると、シーナと目が合う。



「シーナはさ、なんでダンジョンに潜ろうと思ったの? 皇女様だったら、別にダンジョンを探索したりする必要はないだろうし。それに、昔から剣の鍛錬はしてたんでしょ?」



再び夜空を見上げて、シーナに話しかける。

シーナは考えるように黙って夜空を見上げる。



「…」


「…」


「わ、私は…」



意を決したようにシーナが話し始める。



「私は、強くなりたいんです。オルディネ公国の皇女に相応しい、強い女性になりたいんです。」


「…うん」


「私は、聡明なお姉様や、お強いお兄様に比べると、何の取り柄も無くて…どこにでもいる普通の人なのです。それでも、この公国の皇女として生まれたからには、それに相応しい、公国の皆さんが誇れるような、そういう王族でいなければならないと、そう思うんです」


「うん」


「お付きの方は“十分立派だ”とか“そんなことない”と仰ってくれるんですけど、違うんです。いくらそうありたいと願っても、私はどこまでも平凡な女の子で、だから、何かを変えられるかもしれないと思ってダンジョンに入ってみたんです。」


「…それで、シーナは変われた?」


「…いいえ、変われませんでした。やっぱり私は普通の女の子で、でも、その代わりに、私を皇女として扱わないでくれる人と出会えました。…嬉しかったんです。普通の関係でいられる人が見つかって。だけど、それも今日で終わりですね…。」



シーナが小さく息を吸う。



「きっと、あの時、ハルと出会わなくて、あのままモンスターの餌食になったとしても、公国に大きな影響ななかったんです。私はお姉様やお兄様の補欠で、しかも、私は平凡な女の子で、私の代わりは誰でも務まるのですから。公国の第三公国は…私じゃなくても……」



シーナの声は震えている。彼女の方を向くなんて野暮なことはしない。


でも、反論はする。彼女の生きてきた人生の結論が、そんな悲しいものではないってことを、伝えなければいけない。



「シーナ」


「はい?」


「“そんなことはない”なんて、俺は言わないよ。」


「…」


「ただ、絶対に肯定もしてやらない。シーナがそう思うなら、きっとそうなのかもしれない。でも、それはシーナだけじゃないんだよ。世の中、誰だって替えが効くんだ。別に、あの日にシーナを助けたのが俺である必要なんてなかったんだ」


「っ‼ でも、あの日、私を助けてくれたのはハルでした!! それは変わりません!!」


「そう、シーナの言う通り。あの時、偶然とは言え、俺が・・シーナを助けたことに意味があるんだ。それと同じように、たとえ偶然でも、シーナが・・・・第三皇女でいることに意味があるんだ。きっと世の中、誰だって替えが効く存在なんだ。だけど、そんな世の中で、それを自分がやっていること・・・・・・・・・・・・・が大事なんだよ」


「…」


「シーナがこれまで、王族として生きてきた事は、絶対に無駄なんかじゃない。むしろ、シーナの話を聞いて、俺は、シーナがシーナなりに理想の王族としての姿を全うしようとする姿勢に、敬意を抱いたよ。凄いって、そう思った。頑張ったね、シーナ」


「…」



隣から小さく嗚咽が聞こえてくる。

夜空は変わらず俺達を見守っている。



「きっと、シーナの努力は他の人にも伝わってるはずだよ。何年もシーナと一緒に過ごしてきた人たちなら、気付いていないはずがないよ。俺にもシーナに似た努力家な妹がいるんだけどさ、だから分かるんだ。シーナのこれまでの歩みが、決して無駄なんかじゃないって」



…なんか自分で言ってて、自分で泣けてきた。

今まで考えても来なかった思いが言葉になって溢れてくる。



「だからさ、自分は自分らしく、シーナはシーナらしく、進んでいこうよ。きっとその先に、替えの効かない、自分を誇りに思える、そんな自分がいるから。俺も、そんな自分になりたくて、生きてるんだ」


「…なんでハルも泣いてるんですか?」


「わかんないや。でも、ホントにそう思ってるんだよ。この思いは、絶対に嘘じゃない」



再び無言で夜空を眺める。だけど、さっきまでの気まずさはない。

ちょっとだけシーナを見ると、穏やかな表情で空を見ている。



「それにさ、シーナが皇女様だとしても、シーナが俺の大切な友達であることにかわりはないから。」


「友達、ですか?」


「もちろん。もうとっくに友達だよ。今更シーナがいなくなったら、俺が悲しむからね。」


「友達。そうですよね。私達、友達ですよね。」


「そうだよ。また一緒にダンジョン探索しよう。それ以外のこともしよう。」


「ふふ、そうですね」



夜空を見上げる彼女が笑う。そう、そっちの方がシーナには合ってる。

女の子は、笑っている方が、かわいい。だろ?



…朝が来るまでは2人でいよう。ここは頑張りすぎた皇女様の休憩所。


やがて平等に訪れる朝が来たら、俺達は嫌でも朝日を浴びて歩き出すしかないんだから。



「そう言えば、シーナのお姉ちゃんとお兄ちゃんってどんな人なの? 俺って妹しかいないから、どんな感じか分からなくて。シーナ、教えてくれる?」


「そうですね、お姉様は……」



明るい表情でシーナが話し始める。

それから俺達は他愛もない会話を重ねていく。友達なんだから、それくらいが丁度いい。



夜が更けていく。朝の訪れを予感させるように。

今は、今だけは、ずっと夜のままでいられたらいいのに。





≪~♪≫



その時、通知音が脳内で鳴り響く。

ステータス画面を開くと、来栖から1通のメッセージが届いていた。




[配信切り忘れてるぞ]




…は?


…え、マジで?


………終わった。コメ欄がないから、完全に油断していた。ヤバい、頭が真っ白になる。深夜テンションで変なこと沢山言った気がする。



「ハル、どうかしましたか?」


「あはは、カメラ、点けっぱなしだった…」


「え…もしかして、見られてました?」



シーナの顔がみるみる赤くなる。

多分、俺も同じ表情をしているだろう。



「コメント欄、オンにして」



恐る恐る呟くと、視界の端でコメントが流れ出す。それも、見たことないくらいのスピードで。



【お、気付いた】


【いぇーーい、ゆめぞらくーん、見てるーー?】


【これは恥ずかしいww】


【異世界にも配信切り忘れってあるんやな】


【ハルシーナてぇてぇ】


【カッコよかったぞ、夢空!!】


【尊い空間過ぎて連絡するタイミングがムズかった】@夢空ハル


【ハルくん…良いものを見させて頂きました…】@Asari



…まさか自分がこんな目に合うとは。

コメント欄は好意的だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。



「だあああああああ‼ 見るな‼ 俺を見るなああああ‼ 終わりだ、終わり‼ 配信終了‼」



俺は叫んで右目を閉じる。

いやだ、もうお婿に行けない…







【夢空ハルChannel】

『【サラリアハルシーナ】4人でダンジョン探索‼【異世界V】』

最大同接︰12,460

高評価数︰4.053

登録者数:11,263(+1,896)

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