第14話 朝霞志真の傷心



「みなさん、今日も東雲マリアの配信に来てくれて、ありがとうございました‼ それでは、良い夜をお過ごしください。それでは、おやすみなさい。ばいばーい」



停止ボタンを押して配信を終了させる。

深呼吸して、私は3時間近く座っていたゲーミングチェアから立ち上がる。


大きく伸びをして、ストレッチをする。



「だいぶ変なコメントも落ち着いたなあ」



何となく今日の配信を振り返る。

久しぶりの雑談配信に緊張したが、特に波乱なく終了することができた。


時刻は夜の10時30分。

お兄ちゃんの配信までは30分くらい。



「登録者数も回復したし、東雲マリア的には何にも問題はないはずなんだけどな…」



兄の配信にコメントして若干ボヤが発生してから約1週間。最初の2日間の反発が嘘かのように一瞬だけ微減した登録者は回復し、再び伸びてきている。何も問題はない。何も問題はないんだけど…



「結局、朝霞志真は何にも変わってないな」



行き場のないモヤモヤとした感情は変わらず私の中にある。


結局、私は変わらず平凡なままで、そこから突き出る勇気もない。もし、思い切って一歩を踏み出せば、お兄ちゃんの助けになれるかもしれないのに、我が身可愛さに何もできないでいる。



「あんなに助けてもらったのに、私はお兄ちゃんの配信を見てるだけ」



…最近は毎日こんなことを考えている。特に、ここ5日間でシーナちゃんと楽しそうにダンジョン探索配信をするお兄ちゃんの笑顔を見ると、胸が締め付けられるような気分になる。


昔は私だけに向けられていた兄の優しい笑顔。

気付けば明里さんやシーナちゃんにもその笑顔が向けられている。



「私を置いていかないでよ…」



声が上ずってしまう。

思わず漏れ出た声は、自分でもびっくりするほどに弱々しかった。



「なんで、私を置いて遠くに行っちゃったのよ…バカ兄貴」



ずっと堪えていた寂しさがどんどんと膨れ上がる。


同時に、明里さんやシーナちゃんへの醜い嫉妬心のような物が湧き上がってくる。


…こんな時、お兄ちゃんならなんて言うだろう?

この一週間で幾度も浮かんだ疑問が、今日も私の頭をよぎる。



「はあ、ダメだ。お兄ちゃんの配信見よ」



気付けば時刻は11時。

夢空ハルchannelを検索すると、配信の待機画面が表示される。



「えーっと、今日の配信は…あ、サラちゃんとリアちゃんも参加するんだ。4人でダンジョン探索ってことは、今日こそ8層のボス部屋にいくのかな?」



ここ数日、お兄ちゃんとシーナちゃんは毎日一緒にダンジョン探索をしているが、必ず8層のボス部屋の前で引き返している。多分、シーナちゃんに気を使っているんだと思う。


カウントダウンが始まり、お兄ちゃんの顔が映し出される。



≪こんばんは‼ 夢空ハルです‼ 今日はいつもと趣向を変えて、ハルシーナの2人探索にサラ&リア姉妹が来てくれました‼ …とは言っても、まだシーナちゃんが来てないんだけどね。てことで、とりあえず、サラとリア、自己紹介をお願いします‼≫


≪…なんか、この感じ、久しぶりね。サラです≫


≪リアでーす‼ 見てるー?≫



画面内でサラちゃんとリアちゃんが笑う。

そんな2人の後ろでお兄ちゃんも笑顔を浮かべている。…なんか、今その笑顔を見るの、ツラいかも。



≪お、ちょうどシーナもきた。あれ? なんでフード被ってるんだろ?≫


≪ホントだ。シーナちゃんに会うの楽しみにしてたのに≫



画面内では呑気な会話が続く。

そんな会話が、今は何故が心に刺さる。



「…」



思わず私はお兄ちゃんの配信を閉じる。

…今日はダメだ。これ以上配信を見てると、本当に立ち直れなくなる気がする。



「…もう寝よ。配信は明日元気になったら見よう」



スマホをなるべく遠くに投げて、私は部屋の電気を消す。


寝よう。お兄ちゃんもよく言っていた。“嫌でも朝は来る。嫌でも朝日を浴びて、歩き出すしかない”って。だから寝よう。朝日が昇るまで、この夜をやり過ごそう。






かくして、朝霞志真は宵に眠る。

宵は彼女を遥か遠く、夢の世界へと誘う。


その夜、東雲マリアはとある公国皇女の夢を見る。

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