第13話 いきなりの修羅場と、シーナとのダンジョン探索



「ちょっと早いけど、そろそろダンジョンに向かうか」



俺はステータスを開いて時間を確認する。時刻は夜の9時30分。

今は中心街と赤鷹ホーク地区の境目付近にある宿に戻ってきている。



冒険者ギルドを出た後に中心街をぶらついたが、屋台で立ち食いしすぎたせいでお腹は空いていない。のんびりと歩いてダンジョンに向かうとするか。…というか、配信はどのタイミングで始めよう?




ダンジョンに向かって歩いていると、ダンジョンや中心街の職場から帰宅するであろう沢山の人達とすれ違う。ぼんやりと人波を眺めながら歩いていると、1人の女性と目が合う。



「…あれ? フィオネさん?」



思わず声に出してしまった。彼女も俺に気付いたのか、会釈をしてくる。

…き、気まずい。向こうは眼鏡をはずして完全にオフモードのようだし。なんか、申し訳ない。


愛想笑いを受けべる俺に、向こうも愛想笑いをして近づいてくる。



「こ、こんばんは」


「あはは、ごめんなさい。仕事以外では眼鏡、外すんですね。」


「そうなんです。この眼鏡、実は伊達なんですよね。眼鏡を外している時に気付かれたの初めてです。今日会ったとはいえ、ほぼ初対面なのによく気が付きましたね。」


「確かに眼鏡を外すと印象変わりますね。眼鏡もお似合いでしたけど、裸眼だと雰囲気が変わって良いですね。なんか、お仕事の時よりも柔らかい印象です。」


「ふふ、ありがとうございます。」



そう言って穏やかに微笑むフィオネさんは昼の仕事モードとは違い柔らかな印象だ。

華やかだが、華美ではない感じ。仕事中は束ねていた髪を下ろしているのも違った雰囲気に拍車をかけている。



「昔から人の顔を憶えるのは得意なんですよね。」


「そうなんですね。ハルさんは、どちらに向かわれてたんですか?」


「えーっと、暇つぶしに歩こうかな?みたいな感じです」


「…変な間がありましたけど、本当ですか?もしかして中心街のおしゃれなレストランで女性とディナーの予定だったりして?」


「いやいや、そんなんじゃないですよ‼ 」



フィオネさんがずいッと近づいてきて上目遣いで俺を見てくる。

ヤバい。良い香りがするし、目線を逸らそうとすると、必然的にその下にある大きな物体・・に目が行ってしまうことになる。ほんとにヤバい。



「ふーん、そうなんですね。もしかしたら、あちらの女性2人と待ち合わせでもしているのかと思いました。…ディナーの予定はないんですね?」


「へ?」



そう言ってフィオネさんが視線を向けた先には、ジト目でこちらを睨むサラ&リアの姉妹の姿があった。よくよく考えれば彼女たちは“赤鷹の嘴”の構成員。ここにいるのも不自然ではない。



それにしてもタイミングが悪すぎる。

サラがニッコリ笑顔を張り付けてこちらに歩いてくる。…これは怒っている時の笑顔だ。



「ハル? こんばんは」


「コンバンハ~」


「随分と綺麗な女性と一緒にいるのね? しかもこーんなに近づいちゃって。私、ハルがそんなに手の速い男だと思わなかったわ。…これからその女性とディナーの予定でもあるの?」


「いや、マジでそんな予定ないから‼」



というか、なんでこんな修羅場みたいになってんだ?

そもそも、別に俺がこれから女性とディナーに行くとして、なんで責められなきゃいけないんだ?



「そう。それで、この女性とはどこで会ったの? まさか、美人局?」


「そんなに睨まないでくださいよ、サラさん。」


「あら、私のこと知ってるの? なら話が速いわね。ハルとはどこで知り合ったの?」


「ふふふ、今日の昼間に色々と教えて差し上げたんですよ?」



サラが今度はフィオネさんを睨む。

フィオネさんはフィオネさんでそんなサラの視線を微笑むで迎え撃つ。



「お姉ちゃん、この人、冒険者ギルド職員の人だよ。あの、眼鏡かけたクールな人」


「え? フィオネさん?」


「ああ、せっかくサラさんをからかっていたのに…」



あっさりとバラされた正体にサラが目を白黒させる。どうやら2人は知り合いのようだ。

フィオネさんは眼鏡をかけるとぺろりと舌を出して見せる。



「やっぱりリアちゃんにはバレちゃうよね」


「当然。最初から気が付いていた」


「その割にはなかなか私のこと言わなかったのね?」


「お姉ちゃんが面白かったから…」


「リ~ア~? あなた、もしかして私をからかってた?」



圧の強い笑顔が今度はリアに向けられる。

…やっぱりサラは良い性格をしているな。あっ、リアがほっぺをつねられた。



「それで、あんたはこんなとこで何してたの?」


「いや、ダンジョンに行こうと思ってな。ちょうど歩いてたらフィオネさんと目が合って」


「え? 今からダンジョンに行くんですか!?」


「…だからフィオネさんには誤魔化そうと思ったのに。サラリアは何となく理由分かるだろうけど、俺が昼間のダンジョン行くと目立つだろ?」


「…ああ、そういうことね。たしかに目立つわね」


「? どういうことですか?」


「教えてやんない」



フィオネさんの頭の上にはてなマークが浮かぶ。

何故かサラは勝ち誇ったような表情でフィオネさんにドヤ顔を向ける。



「それじゃ、今日は1人でダンジョン探索するの?」


「えーっと、まあ、そんな感じかな」


「ハル、嘘ついてる」


「リアさんっ!? まあ、確かに1人じゃないけど」


「ふーん、今度はどこで女の子を引っ掛けてきたの?」


「女の子前提なのはなんでなん? いや、女の子ではあるんだけど…」



結局、俺はケモミミ姉妹とフィオネさんに昨日の出来事の一部始終を説明する。

最終的には3人とも納得していた。…途中、完全に浮気釈明みたいな気分になっていた。



「それじゃ、気を付けてね。それと、その女の子にもよろしくね」


「おう。というか、サラは別に知り合いじゃないだろ」


「いや、今度一緒にダンジョン探索に行きたいじゃない? リアと私と4人で行きましょう」


「私も行きたい」


「リアも乗ってくるのか。わかったよ、伝えとく。フィオネさんも、また」


「なんだか仲間外れの気分」


「いやいや、あなたギルド職員でしょ」


「それはそうなんだけど。それじゃあ、ハルさんダンジョン探索頑張ってきてください。サラちゃんとリアちゃんもまた今度ね」



2人と1人が散っていき、ようやく俺は解放される。

ステータスを開くと時刻は既に10時を少し過ぎている。



「やべっ、ちょっと急ご」



俺はダンジョンに向かって小走りに走り出す。

既に空には大きな月が浮かんでいる。








「すいません、お待たせしましたか?」


「いや、俺も今来たところだから、大丈夫だよ」


「そうですか。良かったです」



…この定型文って現実世界でしか通じないよね。

まあ、30分前から居ましたとは言えないから正解っちゃ正解なんだけど。



「それで、今日はダンジョン探索ってことでいいんだよね?」


「はい‼ よろしくお願いします、ユメゾラ・ハルさん‼」


「あー、俺を呼ぶときはハルでいいよ」


「ハル、ですね? 分かりました、ハル」



シーナさんはそう言ってはにかむように笑う。

その仕草は箱入り娘のお嬢様のようで、庶民的な美人であるサラ&リア姉妹とは違い、こっちはガチのお嬢様感がある。…もしかしたら、どこぞの貴族のご令嬢とかかもしれない。



「ダンジョンに入る前にシーナさんにお願いがあるんだけど、いいかな?」


「ええ、もちろん。あと、私のことはシーナでいいですよ? ハルの方が年上でしょう?」


「わかったよ、シーナ。それで、お願いなんだけど、昨日俺の近くに浮かんでた球体とかって憶えてたりする?」


「ええ、憶えてます。」


「カメラっていうアイテムなんだけど、実はあれって他の人と連絡が取れるようになってるんだよね。できれば今日もそのアイテム使っていいかな? あれがないとあんまり力が発揮できないんだ」


「まあ、そうなんですね。そうしましたら挨拶しなければいけませんね」


「あはは。ありがとう。たまに俺がカメラと話したりするかもだけど、気にしないでくれると嬉しいな」


「分かりました」



サラ&リアと言い、シーナと言い、この世界の住民はかなり思考が柔軟な気がする。

魔法がある世界だからかもしれないが、大体の不思議なことを受け入れてくれている。



「ありがとう、シーナ。それじゃ、配信開始」



〘●Live〙



「おまたせしましたー!!こんばんは、夢空ハルです‼ 何とか筋肉痛から復帰いたしました‼ そして本日は昨日の宣言通り、シーナちゃんとダンジョン探索に行こうと思います‼ こちら冒険者ガールのシーナちゃんです‼」


「こんばんは、シーナと申します」



【きた!!】


【10分遅刻】


【シーナちゃん!!】


【ヤバ、めっちゃカワイイ】@Asari


【お顔強すぎる】


【美少女過ぎる…】



コメント欄が急激に加速する。

…もしかしたら史上最大速度かもしれない。



「それじゃ、シーナ、さっそくダンジョンに入ろうか。何層がいい?」


「それでは6層から行きましょう。ハル? 私、誰かと一緒にダンジョンに入るのは初めてなので、その、お手柔らかにお願いしますわ。」


「りょーかい。それじゃ、一緒に行こう‼」


「はい‼」



シーナが嬉しそうに屈託のない笑顔を浮かべる。コメ欄が盛り上がるのもよくわかる。

それと同時に、何となくシーナの笑顔が昔の妹の表情に重なって見えた。



【互いに名前呼び、だと…?】


【脳が、脳が破壊される…‼】


【あかん、羨ましすぎる】


【髪色が同じだから兄妹に見える】


【↑現実逃避で草】


【リアル2次元ってこんな凄いんや…】


【夢空ぁ!! そこ代われよ!!】



…うん、今日も配信は大盛り上がりだな‼








モンスターの消滅エフェクトとともに宝箱が出現する。



「7層のボス戦も、2人だとこんなもんだな。」


「そうですね。ハルとの連携もいい感じです!!」



ダンジョンに潜って数時間、俺とシーナちゃんは7層のボス戦をクリアして一息ついていた。



【めっちゃあっさり倒すやんww】


【夢空1人でも割と余裕あったのにシーナちゃんもいたら、そりゃあ余裕よ】


【というかシーナちゃんが普通に強い】


【それな。ちゃんと戦力になってる】


【可愛くて強いとか、シーナちゃん最強!!】


【最初はあんなに凸凹コンビだったのに…】@Asari


【今日のAsariママずっと親目線で笑う】



ボス戦後だがコメント欄も穏やかだ。

シーナちゃんは1人で8層にいただけあって、ちゃんと強かった。特に間合いの取り方がうまく、昔から鍛錬をしていたことが伺える身体捌きをする。



「最初はどうなることかと思ったけど、案外いいコンビになってきたな。やっぱり声掛けって大事」


「ハルがしっかり指示を出してくれるから。」


「いやいや、シーナが的確に動いてくれるからだよ。戦闘中に凄い気を遣ってくれてるし、ありがとう」


「えへへ、褒めてもらえた。」



シーナが照れたように笑う。

あかん。超絶美少女がその笑い方はホントにヤバい。



【この笑顔は破壊力抜群ですわ】


【カワイイが過ぎる】


【#デレデレするな夢空】


【逆にこれでデュフらない方がおかしい】


【それな。シーナちゃんに失礼】


【今ここに、配信終了後にシーナちゃん特集切り抜きを作成することを誓います。】@夢空ハル


【スタッフ君もデレデレで草】


【今ここに、配信終了後にシーナちゃんの超絶最強イラストを作成することを誓います。】@Asari


【Asariママもデレデレで草】



こればっかりはコメント欄に賛同をせざるを得ない。

でも、シーナちゃんに関しては彼女にしたいというよりは庇護欲がくすぐられるような感覚がある。…なんというか、“綺麗なものは、綺麗なままでいて欲しい”みたいな。



「あかん、これ、シーナの同人誌とか出たらブチギレるかもしんない。マジで、シーナちゃんはこの世界の聖域だわ」


「? ハル、なにか言いました?」


「いや、なんでもない。シーナが妹みたいでカワイイなって言っただけ。」


「まあ!! ちょうど私もハルみたいなお兄様がいたら良いなって思ってたのです!! ハルお兄様、えへへ」



ああ、クラクラする。もしかして今日死ぬのかな。

ダメだ、俺には志真という最愛の妹がいるというのに…



【ウラヤマ死】


【ダメだ、コイツ昇天してやがる…】


【人ってマジで思考停止すると固まるんだなww】


【これは完全にもらい事故みたいなもんだろ】


【コメント欄もちょっと落ち着いてて草】


【絶対にダメージ食らってる視聴者いるだろww】


【かわいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!】@Asari


【シーナちゃん、私の妹にもなって…】@Asari


【Asariママが暴走しとるww】



危ない、思わず意識が持ってかれるところだった。

無意識でこの破壊力。シーナちゃん、末恐ろしい子!!



「あー、シーナ? このまま8層に行く? それともまた今度にするか?」


「そうですね…」


「いや、無理しなくて良いよ。昨日の今日だし、この辺で撤収しない? 無理はしないほうが良い」


「わかりました。それでは、今日は、ここまでにしましょう。」


「うん。それじゃ、ダンジョンを出ようか。」



俺はシーナちゃんをエスコートしてワープホールに入る。ダンジョン前広場を選択して、転移する。



「お疲れさま。今日はありがとう」


「私こそありがとうございました!! 最初に誰かと一緒にダンジョンに入ったのがハルで良かったです」


「あはは。そう言ってくれると嬉しいよ。もう暗いし、家の近くまで送ろうか?」


「その、申し出は嬉しいんですけど…」


「いや、嫌ならいいんだ。」


「嫌というわけではないんですけど、なんというべきか…」



シーナちゃんが困ったように笑う。

まあ、ダンジョンで助けられたとはいえ、昨日初めてあった男に家の周囲は教えたくないのだろう。



「そしたら、気をつけて帰ってね。それじゃ、また」


「…」


「ん? どうかした?」


「ハルが良ければ、明日も一緒に来ましょう。」


「俺はもちろん嬉しいけど、良いの?」


「もちろんです!! それでは、明日の同じ時間に!!」



シーナちゃんはそう言って頭を下げると走り去っていく。…なんというか今日も今日とて怒涛の配信だったな。



「はい、ということで本日の配信はこれにて終了です!!満足して頂けたでしょうか? 俺は、なんというか、すんごい疲れました。それでは、明日も夜の11時に集合ということで、さようなら!!」



右目を閉じで配信を終わる。

冷めやらぬ興奮を抑えるように俺は広場を歩く。




結局、それから5日間、俺とシーナちゃんは毎日一緒にダンジョン配信をすることになった。来栖特製のシーナ特集切り抜きのおかげもあり、チャンネル登録者は伸び続け、10,000人登録に迫ることになったが、俺の心労は募るばかりだった。








【夢空ハルChannel】

『【異世界V】王都ダンジョンwithシーナちゃん【戦闘アリ】』

最大同接︰10,300

高評価数︰2,326

登録者数:6,974(+951)

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