第8話 夜空の下で、2人の友人と話そう



「あー…」


宿のベッドで仰向けに寝ながら俺はぼんやりと天井を見つめる。

こっちの世界に来てから4日間。4日間にしては濃すぎる気がする。


何にも考えずに天井のシミを見つめる。



「やっぱ、ダンジョンに行くなら夜の方がいいよな」



配信をしている必要がある以上は周囲に人が少ない方がいい。

戦闘に集中しすぎてコメント欄を無視し続ければ、それこそ本末転倒である。



…試しに今からダンジョン見に行こうかな。

ちょうど夜の9時過ぎ。配信をするにはベストな時間帯だ。



「思い立ったが吉日、って言うしな」



俺はベッドから起き上がると、軽く伸びをする。

すこし疲れが残ってはいるが問題ないだろう。俺は大剣を装備して部屋を出る。



≪~♪≫



外を歩いていると通知音がなる。…どーせ来栖だろう。

ステータスを開くと、やはりというべきか来栖からのメッセージがディスコに届いていた。



[画像]



トーク画面には1枚のイラストが貼ってある。

そのイラストには楽しそうな表情を浮かべて夢空ハルと並んで立つケモミミ姉妹が描かれている。絵柄的に書いたのはAsariママだろう。



---------------------------来栖桃太---------------------------



<[AsariママがAXに投稿してたぞ。めっちゃ伸びてるし、わざわざ俺達のチャンネルのリンク張ってくれてた。Asariママとリア友ってのはマジなんだよな?]



[良いイラストだな。いまさら変な嘘はつかねーよ。リア友っていうか幼馴染。イラストのことはあとでAsariママにも連絡しとくわ。]>



<[そーだったんか。確かに個人がAsariママ程のイラストレーターに依頼できるって考えづらいしな。何となく疑問が解けたわ。てか幼馴染がイラストレーターとか、羨ましいわ。]



[…勝手に連絡取るなよ?]>



<[わかってるよ。お前が友達っていえる女子なんだろ?俺から連絡することは絶対にしない]



[そうか]>



<[てか、今日のアーカイブ確認したぞ。随分と楽しそうだったじゃねーか。あとは寝るだけか?]



[いや、今からちょっくらダンジョンに行こうかなと]>



<[マジか。通話していいか?]



[いいよ]>



-----------------------------------------

 (メッセージを入力)

-----------------------------------------




メッセージを打ち込むのが面倒くさくなったのか、来栖から着信がなる。…なんか最近は明里ちゃんよりもコイツと話してる気がする。



「お疲れーす」


「おーす。ちょうど歩いてダンジョン向かってるところだわ。来栖も今日は大変だったろう?」


「まあな。昼にチャットした通りだわ。社長室に連れてかれたときは緊張で吐くかと思ったわ」


「来栖って意外と小心者だよな。」


「いや、朝霞が落ち着きすぎなんよ。取締役とかと普段通りの感じで話せるの、お前くらいだからな? お前のメンタルがそこそこ異常なの自覚しろよ?」


「まあ、それで死にやしないし。高校の部活の顧問にくらべりゃ怖くないし。」


「どんだけ部活きつかったんだよ。それより、配信はするよな?」


「そりゃダンジョンに入るからな。」


「だよな。ちょっと告知しとくわ。がっつり戦うつもりか?」


「いや、下見ぐらいのつもり。多分これからも夜にダンジョン行くことになりそうだし。ぶっちゃけ、昼間だと同接少なすぎて攻略にならないと思う」


「それはアーカイブを見てて俺も思ったわ。ダンジョンに人が少なくなるっていうのも配信にとっては好都合だ。問題はパーティーを組んだり、サラちゃんにクランに誘われた時だな。」


「その時はその時だ。とりあえずは今日の下見次第だな」


「そか、期待して見とく。んじゃ、そろそろ通話切るわ。頑張れよ、朝霞」


「あいよ。じゃーな」



夜空を眺めながら来栖との通話を切る。

ステータス画面にAsariママのイラストを表示させる。



「ホントに良いイラストだな。今度ケモミミ姉妹にも見せよ」



イラストの中でこちらを向いている3人は満面の笑顔を浮かべている。

…なんか、元気が出る。彼女のイラストには人を温かい気持ちにさせる何かがある。



[明里ちゃん、通話していい?]



気付いた時には彼女にチャットしていた。

すぐに返信が来て、着信音が鳴る。



「もしもし、ハルくん?」


「明里ちゃん? …なんか久しぶりな感じだね」


「そうだね。3日間くらい話してないだけなんだけど」


「チャットはしてるけど、やっぱり明里ちゃんの声を聴くと安心するよ。配信中に明里ちゃんのコメントが見えた時も、すごく嬉しいんだよね」


「そう? そうだったら嬉しいな」


「本当だよ。なんというか、ホントに安心する。」


「…」



ちょっと感傷的になってクサいことを言ってしまった。まるで口説いてるみたいだ。

明里ちゃんも向こう側で黙ってしまう。マズい、会話を続けなければ。



「そ、そう言えばイラスト見たよ‼ チャンネルのリンクも張ってくれたみたいで、ありがとう。なんか、イラスト見てて、明里ちゃんと話したくなったんだよね。それで通話しちゃった」


「私ができるのは、これくらいだから。サラちゃんもリアちゃんも可愛いし」


「ありがとう。Vtuberになった時もそうだけど、明里ちゃんがいてくれて良かったって思うんだ。本当に、いつもありがとう。」


「ううん。私もハルくんに感謝してるの。ハルくんは憶えてないかもしれないけど、ハルくんの言葉が無かったら、イラストレーターの私はなかったから」


「…ゴメン、憶えてないや。なんか言った?」


「えへへ、秘密。」


「…」



え、かわいいのですが。思わず黙ってしまった。

というか、さっきからずっと恥ずかしいことを言っている気がする。



「そう言えば最近のハルくん楽しそうじゃない? なんか、かわいいネコミミの女の子たちに挟まれちゃって、鼻の下伸ばしてるんじゃない?」


「いやいや、ソンナコトナイデスヨ?」


「あー、棒読みだ‼ へ―、そうですか‼ 異世界に行っちゃったら、元の世界にいた私なんて忘れられちゃうんだ‼ 一生懸命ハルくんのアバター描いたんだけどなあ? あ、もしかして、さっきあんなに褒めてくれたのもそれを誤魔化すため?」


「いやいや‼ ホントに違うからね!? 」


「あはは、冗談だよ。でも、私達のことも忘れないでね」


「もちろんだよ。明里ちゃんと志真のいる元の世界を忘れる事なんてないよ。ほんとに2人は俺にとっては特別なんだから。」


「うん、信じて待ってるよ。」


「志真は元気にしてる?」


「…うーん、ちょっと落ち込んでるかな?」


「そうか。志真とは連絡手段がないからね。もし、本当に志真が立ち直れなさそうなときは言ってくれると助かるかな。まあ、あの子なら大丈夫だとは思うけど」


「そうだね。なるべく私もフォローするように頑張ってみる‼」


「ありがとう、明里ちゃん。」


「そういえば、ハルくんの配信を手伝ってくれてるのって会社の人?」


「そう。同期の男友達。声だけで身バレしたんだよね」


「そうなんだ。ハルくんの友達なら、私も仲良くなれるかな?」


「…いや、会わない方がいいんじゃないかな? アイツも忙しいみたいだし」


「そう? 連絡とらない方がいい?」


「いや、それ程のことじゃないんだけど…なんかヤダ。来栖っていうやつなんだけど、ソイツがすごいイケメンでさ。なんか明里ちゃんには会って欲しくないというか…。俺が自信なくしそうで」


「ふーん、そうなんだ。わかった。会わないことにするよ。ハルくんが私をそんなに大事に思ってくれてるなんて思わなかったよ‼」


「いや、そう言う訳じゃな…くはないんだけど…」


「うふふ、明里にはちゃんと伝わったよ。夢空ハルくんの母親愛が」



…そう言う訳でもないんだけど。まあ明里ちゃんが嬉しそうだからいいか。

ホントに、こういう時にヘタれる自分が情けない。明里ちゃんがそんな自分をずっと待ってくれていることも理解している。



「と、とにかく急に通話しちゃってゴメン。このあとも配信する予定だから見てくれると嬉しいな」


「そうなんだ‼ Asariママとして、ハルくんの配信を見逃すわけないよ‼ 楽しみにしてるね」


「ありがとう。それじゃ、また、配信で」


「うん‼ またね‼」


「…明里ちゃん。待っててくれて、ありがとう。絶対に帰るから」



絶対に君のところに帰る。

彼女のところに帰って、そして伝えるんだ。


あの頃から変わらない、胸に灯っている、この思いを。

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