第7話 デート配信 with姉をからかう妹
「ここが世界最大のダンジョン”バベル“の入口よ。」
サラが指差す先には白く巨大な円柱の塔がそびえる。
もはや頂上が見えないほどに巨大なソレは、明らかに人工物ではないという違和感をたたえながらも、どっしりと王都の中心に鎮座している。
【すげえ】
【まさにファンタジー】
【ナーヴギアがあったらゲームってこんな感じになるんかな】
【入口めっちゃ人おるやん。】
【見ろ!人がごみのようだ‼】
【ムスカいて草】
視聴者たちも俺と同じ感想を抱いているのか、続々と驚きの声がコメント欄に流れる。…マジで、異世界って感じだ。
「でっけえな。そりゃ冒険者もこんだけ集まるわ。」
「そうね。毎日、何万人もの冒険者たちがこのダンジョンに挑んでる。それでもまだ“バベル”の3分の1にも到達出来ていないのが今の現状よ。このダンジョンは、文字通り、底が知れないわ」
ダンジョンを眺める俺達の目下では今も沢山の冒険者たちがごった返している。
その光景はどこか通勤者で溢れかれる早朝の駅を彷彿とさせた。希望、不安、喜び、憂鬱。様々な感情を呑み込んで、ダンジョンはそこに存在し続ける。
「この世界でも、みんな必死に生きてるんだな」
そんな言葉が思いがけず漏れる。
別に異世界を舐めている訳じゃない。それでも、圧倒的な人口のエネルギーに触れて、改めて思い知らされる。
俺もこの世界の住人として生きていかなければならないという純然たる事実が、ようやく実感として理解できた。
「さ、ハル、リア。行くわよ」
「え?どこに?」
「さっき自分で言ってたじゃない。今日は王都を観光するんでしょ? 案内してあげるから、はやく来なさい。リアも、一緒に行くわよ」
「はーい、お姉ちゃん。」
マジか。冗談で言っただけなんだけど。やっぱりサラってお姉ちゃん気質なんだな。
だからこそ、何となく自分を見ているような気分になる。
【サラちゃん優しい】
【これは良いお姉さん。リアちゃんがお姉ちゃんっ子になるのも分かる】
【俺もこんな姉が欲しかった】
【↑わかる】
「王都と言ったら次はここね。」
そう言って胸を張るサラの後ろには美しい宮殿と洋風の庭園が広がる。…胸を張ってもないものはないんだけど、それは置いておい、本当に綺麗な景色だ。
【ヨーロッパの観光地みたい】
【シェーンブルン宮殿ってこんな感じだよね。バロック様式ってやつ】
【めっちゃ詳しい人おるんやが】
【バロック様式って高校の世界史で出てくるぞ?】
【義務教育ろせ】
【高校なら義務教育の範疇じゃないだろw】
何故かコメ欄が殺伐としだす。なんでや。
学歴とか勉強の話になると急に場の雰囲気悪くなったりするよね。政治・宗教・野球の話はするなとは言うけど、ネット上だと学歴とか偏差値とかの話題も割と触れづらいテーマだったりする気がする。
「オルディネ公国宮殿の庭園は国王陛下の温情で解放されているのよ」
「国王様、いいひと」
「随分と人格者なんだな。たしかに噴水とか花畑とかもあって憩いの場って感じがする。カップルとかも多いし、てかカップル多くね? なに、ここってデートスポット?」
俺がサラを見ると、サラは顔を赤くして固まっている。
あ、これ多分だけど意識せずに俺をここに連れてきたパターンだ。それで、指摘されてから気付いて恥ずかしくなっちゃったヤツだ。リアもいるし別に恥ずかしがることはないんだけど。
「お姉ちゃん、そのつもりでハルをここに連れてきたのー? 行ってくれればリアは帰ったのに。」
そして何故かリアは強烈に姉を煽っている。
いや、そこは味方でいてやれよ。もしかして馬車でぶっ叩かれたの根に持ってる?
【サラちゃん真っ赤で草】
【かわいい】
【これがてぇてぇ?】
【いくのよ夢空‼ ユニコーンの脳を破壊するのよ‼】
【大丈夫。うちの息子、超鈍感だから】@Asari
【リアちゃん煽るなあw】
固まっていたサラが徐々に回復していく。
大きく息を吸い、吐き出す。咳ばらいをして、こちらを見る。
「さ、次は冒険者ギルドに行くわよ。リア、あとでたっぷりお話があるわ」
強引だが、さっきのくだりは無かったことにしよう。そうだ、それがいい。
あと、リアは自業自得なので仕方ない。みっちり絞られるといい。
「ここがフィリーアの冒険者ギルド。規模も冒険者数も世界最大級。まさにダンジョンに次ぐこの街の中心部よ。ランク登録から、ドロップ品交換、魔石交換まで、冒険者稼業に関することは基本的にここに来れば何とかなるわ」
「ここも死ぬほど人が多いのな」
それはさながらコミケのよう。沢山の冒険者が自分の目的の場所へ向かって広いギルドの中を行ったり来たりしている。…なんなら獣人だのエルフだのがいるからマジでコミケに見えてくる。
「もうすぐ夕方だし、そろそろ混んでくる時間ね。」
「基本的には冒険者は日中にダンジョンに潜るのか?」
「そうね。冒険者ギルドが深夜は閉まるから、朝からダンジョンに潜って夕方に戻ってきて換金する場合が多いわね。私達が夜にダンジョンに潜ったのも、この間が初めてだったわ。」
「そう。そこで偶々ハルがいた。」
「…異世界でも社畜生活からは逃れられないのか」
いや、そのタイムスケジュールって完全にサラリーマンやん‼
それこそクランとかに入ったらノルマとかあるんだろ? マジでやってることが社会人生活と変わらない気がしてならない。なんなら命張ってダンジョン潜るこっちの方が辛くないか?
【社畜生活は草】
【実質サラリーマンw】
【おいたわしや、ハルくん】@Asari
【しっかり働く姿を配信してくれやぁ‼ のお、夢空ぁ‼】
【異世界でも労働からは逃げられないんやなあって】
なんか、一瞬あっちで働いてる来栖を哀れんだが、全然こっちの方が大変そうだわ。
てか、視聴者の同接を取りづらい昼の時間にダンジョン潜るって結構なハンデになる気がする。土日は良いとしても、平日だと同接3桁を切る可能性も全然ありえる。
「それじゃ、そろそろ次の場所に行きますか」
「次の場所?」
「そうよ。王都名物の大商店街。あと、私おすすめの宿。どうせ行く当てもないんでしょ?いいところ知ってるから教えてあげるわ。でも、その前に大商店街で何か食べましょ。リアもそれでいい?」
「うん」
サラが歩き出してリアと俺が彼女に付いていく。
本当にこの年下少女は良く出来ている。何となく、会社の後輩に似てる気がしなくもない。
大商店街は大きな通りに沢山の商店が立ち並ぶ、まさに商店街だった。
雑貨屋や洋服屋、レストランといった店があれば、防具屋や武器屋、アイテム屋といった異世界ならではの店もあり、通りは沢山の人達で溢れかえっていた。
「ここのパンケーキが気になってるのよね」
サラが一軒のカフェの前で立ち止まる。
普通のカフェに見えるが、店内は繁盛しているようだった。
「んじゃ、ここにするか。」
「そうね、リアはどう?」
「私もここがいい。お姉ちゃん、パンケーキ1枚で2人前だって。」
「ホントね。大きいパンケーキが出てくるって友達に紹介されたんだけど…リア、半分こする?」
「んー、私はクレープを食べたいかな」
「それじゃあ、俺が半分食べるよ。サラが嫌じゃなければ、だけど」
「そう、じゃあ注文するわね」
俺達は早々に注文を決めてカウンターに向かう。
どうやらこの店はカウンターで注文し商品を受け取るスタイルのようだ。
「すいませーん。特製パンケーキを1枚と、この子にクレープ1つ下さい」
「特製パンケーキが1枚とクレープね。それじゃあ、お二人さんのパンケーキは20%割引ね。お勘定が、こちらです。」
「? ありがとうございます?」
サラと俺は目を合わせて首を傾げる。まあ、安くなるのなら文句はない。
店員のおばあさんが俺に伝票を渡してきて、俺がそのまま3人分の勘定を支払う。
しばらく待った後にパンケーキの乗ったプレートを受け取って席に移動する。
あとからクリームパフェを受け取ったリアも合流する。
「それじゃあ、頂きます‼」
パンケーキをサラと分けて食べ始める。
コメント欄でも“美味しそう”というコメントが流れる。
【飯テロは罪】
【会社で見るんじゃなかった…】
【ふわっふわで美味そう】
【…食べたい】@Asari
【今日は久々に甘いもん食べようかな】
たしかに、めっちゃ美味い。
素材の味で勝負した王道のパンケーキって感じ。
思わず何も喋らずにがっついてしまった。
気付けば俺も、サラも、リアも殆ど食べ終わってしまっていた。
「いらっしゃーい‼ 甘いスイーツはどうだーい。そこのお兄さん、デート帰りかい?いまならカップル割で20%割引するよ‼ ほら、いらっしゃい‼」
外で客引きする店員の声が聞こえる。
見るとサラの顔が赤くなっており、リアは横でニヤニヤとした笑みを浮かべている。
周囲を見てみると、何故か男女ペアが多い気がする。
「あのー、サラさん? もしかしなくても、ここってデートスポット?」
「言わないで。ほんとに気づかなかったの‼」
「お姉ちゃん、またまたぁ…ひゃん‼」
あ、リアがおもっきし叩かれた。
あと何故かサラが俺の足を踏んでくる。地味に痛い。
【これはもう狙ってるやろw】
【リア虐たすかる】
【今日の配信糖度高いな。普通にデート配信やん】
【サラちゃんの地味なポンコツ具合が最高】
【ハルサラてぇてぇ】
…絶対にコメント欄には反応しないようにしよう。それはそれとして、そろそろ空が暗くなってきたな。
「んじゃ、そろそろ店を出るか。サラが言ってた宿ってのはこの近くにあるんだよな?」
「ん? あ、ああ、そうよ。おすすめの宿。そこまで高くないし、住む場所を見つけるまで宿泊してもそんなに掛からないと思う。多分だけど2週間いてもオルクスの報酬の3分の1くらい。」
「それって、オルクスの報酬が高いのか? 宿が安いのか?」
「どっちも。正直、オルクスの報酬だけで底辺冒険者の半年分の稼ぎくらいは貰ってるはずよ。」
…マジか。冒険者って稼げるんだな。
とりあえず当分は生き残れそうだ。あの時にオルクスを討伐しておいて良かった。
「よし、じゃあ宿に向かうか。」
「そうね。行きましょう。リアも行くわよ」
「はーい」
「じゃあ、配信もこの辺で終わりでいいかな? 正直後半はあんまりコメントに反応できなかったけど、ちゃんと見てたから。Asariママもモデレーターありがとうございました‼ それでは、次の配信でお会いしましょう。チャンネル登録と高評価、AXのフォローもよろしく。それじゃ、ばいばい」
【乙‼】
【楽しかった‼】
【次の配信まで全裸待機します‼】
【またデート配信お願いします‼】
…だからデート配信ってなんだよ。普通に王都を案内して貰っただけだろ。
まあ、視聴者さん達が盛り上がってくれたんならいいけどさ。
【夢空ハルChannel】
『【到着】王都フィリーア観光 withネコミミ姉妹【異世界V】』
最大同接︰1,280
高評価数︰563
登録者数:4,820(+735)
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